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keyword:脳、故人
Vol.88:「脳に良い」という言葉 春近敬  先日、新聞に「亡き連れ合いとバーチャル対話」という記事が掲載された(『産経新聞』2010年7月26日朝刊)。「独居高齢者の寂しさ軽減」のために、先立たれた妻や夫の姿をテレビやパソコンの画面に映し出し、擬似的な会話を行うシステムが開発されたというニュースである。生前の写真や映像をもとに故人の表情や声を再現し、画面に向かって話しかけると、画面内の故人は、単純な言葉ならばプログラムに基づいて言葉に応じた返事を返す。複雑な言葉になると、インターネットで接続された先で待機している担当者が内容を判断し、それらしい返事のセリフを入力するのだそうである。
 まず端的に、このシステムに強い違和感を覚えた。寂しさをまぎらわせるためにペットや人形に話しかけるというようなことがあるが、このような行為は、亡き人を人形と同じように扱うということではないだろうか。しかも、まったく知らない他人に芝居までさせて、である。開発された方は、記事で「1人暮らしのお年寄りが健康で安心して暮らせるよう、活用してもらいたい」と語っている。果たして、この場合の「健康」とはどのような意味なのか、本当にこの姿が健やかであると言えるのだろうか、ということが筆者の個人的な感想である。
 そして、この記事にはもう一つ注目すべき点がある。それは、「脳活性化に大きな効果が期待できる」という識者のコメントを挿入していることである。つまり、脳に良いからこのシステムは良い、というのである。
 身近な人の死をどのように受け止め、その事実をいかに引き受けて生きていくかということは、仏教に限らずどのような信仰を歩んでいる人にとっても(あるいは、信仰を意識的にもたない人にとっても)人生の一大問題である。ひょっとしたら、幾重にも考えを重ねた結果、芝居と割り切ったうえで亡き人の姿を画面に再現するという選択もあるかもしれない。しかし、そこでは脳の活性化云々といった話はあまり関係ないのではないだろうか。そうではなく、どちらかと言えば愛する人の死をどのように受け入れていくかについて思いをはせ、さまざまな葛藤を踏まえた結果であると思う。
 独居高齢者の気持ちを安らげるため、というだけならば、わざわざ脳の話を持ち出してそのメリットを語る必要はない。むしろ、この文脈において「脳に良い」という言葉は、葛藤を止めてしまう「免罪符」のように働く。死とどのように向きあうか、という大問題を飛び越えて、「まあ脳に良いのなら良いのかな」という思考停止に陥りかねないのである。システムの是非よりも、そのような思いがうやむやになってしまうことのほうが、むしろ大きな問題であると感じる。
 「脳に良い」「脳が活性化する」というようなことは、近年さまざまな場面で耳にする言葉である。その使われ方の個別の妥当性は措いておくとしても、それが私たちが生きていくうえで向かい合う大切な葛藤を覆い隠すものであって良いのだろうか、ということを考えさせられる記事であった。

春近 敬(親鸞仏教センター研究員)

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