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Vol.90:〈いま〉に思う  法隆誠幸  ある晴れた日の午後、私は車で出かけようとする。塀に隠れて見えづらい歩行者に注意しながら、駐車場からゆっくりと車を出す。ボンネットが歩道に少し出そうになって、その前を歩行者がそそくさと横切っていく。ひとり、ふたり…、その過ぎ去るのを待ち、再びゆっくりと車を出す。今度は子供連れの母親が通りかかる。どこへ行くのだろうか、幼子の手を引いていてこちらには目もくれない。そうしながら、見えにくかった歩行者がようやく目視できる位置まで車を出したとき、歩道に突き出ているボンネットを避けるようにして、勢いよく自転車が走り去っていった。
 それは何気ない光景かもしれない。しかし、私はそこに〈いま〉を感じる。もちろん、道路交通法上、歩行者優先であることは承知しているし、それ自体に別段の異議もない。しかし、それでもなお殺伐としたものを感じてしまうのはなぜだろう。そういう光景を目の当たりにするとき、ただ誰もが歩行者優先という自らの権利を主張して歩いているような、ある種の緊張感さえ感じてしまうことがある。端的に言えば、余裕がなくなっているということであろうか。それぞれが自分を保つことに精一杯で、自分以外、人がいることが見えなくなってしまった、つまり、隣人を失った〈いま〉が、その光景から透けて見えてくるようだ。
 「より多く」「より早く」「より便利に」「より快適に」、という方向性と価値観のもとに、人は働きまくってきたのだと思う。それは一般的価値観にまでなるほど社会に深く浸潤した、いわゆる「豊かさ」の追求であり、その実現こそ生きる意味だとばかりに今日まで突き進んできたのだと思う。その時流に効率化・合理化が拍車をかける。結果、何かに追い立てられているように、せかせかと、時にイライラしながら私たちは生きている。孤独と情報のはざまで、携帯電話を片手に、一杯のコーヒーすら十分に味わえない、上滑りする時間を私たちは過ごしているのである。〈いま〉に感じる苦しみは、その流れに抗(あらが)えないということだ。皮肉にも、それは自らが率先して求めてきた〈いま〉であり、それゆえに誰も抗う術(すべ)を知らないのだ。
 かつて、「お金を儲(もう)けてどこが悪いのですか」と言い放った、邦人ファンドの代表がいたことを昨日のことのように思い出す。その言葉は、金以上に信用できるものはあるのか?という〈いま〉への問いかけでもあるのだろう。人と人との間さえもお金に換えて〈いま〉がある。そこでふと思うのだ。私たちは本当に「生きてきた」と言えるだろうか。むしろ、「生きる」ということをないがしろにして、ただ「生きながらえてきた」のではないか、と。
 〈いま〉、改めて人間という在り方を考えてみる。

法隆誠幸(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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