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keyword:古風な道徳、漱石
Vol.90:自己を見る眼  夏目漱石の思考の精髄(せいずい)は古風な道徳である(以下、引用は『漱石文明論集』『漱石書簡集』岩波文庫)。「いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展する価値もなし、権力を使う価値もなし、また金力を使う価値もない」(「私の個人主義」)。古風とは、ソクラテスや孔子のようなということである。それは、一つには命がけである。「僕は一面において俳諧(はいかい)的文学に出入りすると同時に一面において死ぬか生きるか、命のやりとりをするような維新の志士の如き烈(はげ)しい精神で文学をやって見たい」(書簡)。二つには、形而上(けいじじょう)に連関する。「形而上とは何ぞ。何物を捕へて形而上といふか。世間的に安心なし。安心ありと思ふは誤なり」(断片)。「余の生活は天より授けられたもので、[中略]天授の生命をあるだけ利用して自己の正義と思う所に一歩でも進まねば天意を空(むなし)うする訳である」(書簡)。
 三つ。自己を見つめる眼がある。この眼は自己の有限性を見る。その一つは自意識のエゴである。「今人について尤(もっと)も注意すべき事は自覚心が強過ぎる事なり。自覚心とは直指人心見性成仏(じきしにんしんけんしょうじょうぶつ)の謂(いい)にあらず。霊性の本体を実証せるの謂にあらず。自己と天地と同一体なるを発見せるの謂にあらず。自己と他と截然(せつぜん)と区別あるを自覚せるの謂なり。[中略]思ふに自覚心の鋭どきものは安心なし」(断片)。自意識のなか、親子、夫婦、兄弟、友人、いたるところで起こるcommunication breakdown(コミュニケーションの崩壊)、それが漱石の小説の題材となる。自己を観るこの自覚、これが、交わりへの意志を伴いつつ、前二者と絡み合う。「ありのままをありのままに書き得る人があれば、その人は如何なる意味から見ても悪いということを行ったにせよ、ありのままをありのままに隠しもせず漏らしもせず描き得たならば、その人は描いた功徳に依って正に成仏することが出来る。[中略]私は確かにそう信じている」(「模倣と独立」)。
 大正5年8月21日付、芥川龍之介と久米正雄への書簡の末尾。「今日からつくつく法師が鳴き出しました。もう秋が近づいて来たのでしょう。私はこんな長い手紙をただ書くのです。永い日が何時までもつづいてどうしても日が暮れないという証拠に書くのです。そういう心持の中に入っている自分を君らに紹介するために書くのです。それからそういう心持でいる事を自分で味って見るために書くのです。日は長いのです。四方は蝉の声で埋っています。以上」。
 なおまだ続く、晩夏の昼さなかの灼熱(しゃくねつ)と喧騒(けんそう)とから、涅槃(ねはん)の象徴たる日没を待ちもうけること。それはこの古風なモラリストの晩年にふさわしいことであったと思える。

越部良一(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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