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keyword:原発、自力、無事、自然【じねん】
Vol.96:人間の傲(おご)り 山本伸裕

 福島の原発事故は非常に深刻な環境汚染をもたらした。恐れていた、取り返しのつかない事態が現実に起きてしまったのである。
 トラブル発生当初、東電は、原発を襲った津波が想定外の規模であったと、繰り返し強調した。確かに、想定外のことはいつでも起こりえるし、すべての想定外の事態を想定して万全の備えをなすことなど、私たちには不可能であるといっていい。
 だが、地震や津波そのものの災害はいざ知らず、このたびの原発事故は、現代人の傲(おご)りが招いた災害であることは明らかだ。隕石(いんせき)の衝突、火山の大噴火など、私たちの住む地球には、どうすることもできないリスクがつねにつきまとっている。しかし、それらはあくまでも「天災」なのであって、人間が作り出したリスクではない。それに対し、原発のそれは、人間の限りない欲望と傲慢(ごうまん)さが生み出したリスク以外の何ものでもないであろう。
 飽くことを知らない人間の欲望は、部屋の中で「猛獣」を飼うことを欲したのである。自分一人が暮らす部屋ではない。老いも若きも、未来を背負う子どもたちも暮らす居住空間に檻を拵(こしら)え、「猛獣」を飼うことを選んだのである。
 人々の欲望を餌に、「猛獣」の飼育を勧めてきたと同時に、自ら檻の管理者を買ってでて、根拠のない安全神話をまき散らして回ってきた罪は重い。「電力が不足しています」「二酸化炭素は環境の敵です」「だから原発は必要です」などと、人々を誑(たぶら)かす欺瞞(ぎまん)語を並べ立てながら、原発の危険性に警鐘(けいしょう)を鳴らす人たちの声を抹殺することに努めてきたのである。だが、いったん檻が破られて環境中に放出された「猛獣」は、もう手のつけようのないことはいうまでもない。はかなくも、今回の事故によって、いかに技術的に未熟であり、管理体制も極めて杜撰(ずさん)であったことが露呈(ろてい)されたかたちとなった。これは紛(まぎ)れもない「人災」である。それも、「自力」の妄念の極みによってもたらされた「人災」なのだと思う。
 近代以前の日本人にとって、諸価値の規範はどこに置かれてきたのか。里山に暮らす人々も、田園に暮らす人々も、漁を生業(なりわい)とする人々も、夏の初めにはこぞって五穀豊穣(ごこくほうじょう)や海の安全を願い、秋になれば神々に大地の恵みを捧げ祭ってきた。正月には一年の無事を感謝し、新たな年の無病息災を祈願してきた。日本人は「無事」であることにこそ、何にもまして価値を見いだしてきたのである。
 そこでは、循環・再生が可能であることが、ほとんど唯一の倫理の規範とされたのであり、このサイクルを壊す人間の営為は、すべて倫理に反するものとされてきたといっていい。現代人には、そうした規範がかつての私たちの生活の基盤にあったことに思いを馳(は)せることすら難しくなっているのかもしれない。それは、「自然」【じねん】と呼ばれる環境とともに、環境を構成しているさまざまな無数の他者とともにある生活であった。そこには「他力」に乗じた暮らしがあったのである。

山本伸裕(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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