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Vol.98 草とライオン 田村晃徳

 2011年4月17日、私は家族と共に地元の日立市にある「かみね動物園」に行った。ライオンの赤ちゃん3頭と記念撮影するためである。午前と午後に分かれて行われる撮影会では整理券が配布され、いずれもすぐに定員となってしまうほどの盛況であった。実は、この前週にも見に行こうと思ったのだが、整理券がすでに配布終了となってしまっていたのだ。別に、とりたてて日立市民がライオン好きというわけではない(と思う)。市民がライオンに会いたがったのには理由があるのだ。それは3頭のライオンが誕生したのが、3月16日であること―そう、あの震災の後に誕生したのである。

 2011年3月11日。私は自宅の二階にいた。揺れを感じたのだが、直におさまるだろうという考えは甘かった。子どもを抱いて外に出る。境内には地割れが入り、多数の落下した瓦が、この地震の異常さを語っていた。目の前の工場では勤務している方々が一カ所に集まり、情報を聞いていた。街に鳴り響く救急車のサイレンが、いやがおうでも焦燥感を高める。何とか家族が再会できたことを喜んだのもつかの間、この地震の全体像がまったく分からないことが、何よりも不安にさせた。日立市が震度6強であることなど、地震についての詳細を知るのは、もう少し後であり、それまでは無我夢中かつ五里霧中であった。地震の全体像については存知のことだろうから、ここでは詳細は省きたい。

 ライフラインとはよく言ったものだと、つくづく思う。命とは一本の線に支えられているにすぎない、か細いものなのだ。

 「都市文明のもろさを示した」「やはり自然は恐ろしい」「当たり前の生活のすばらしさを知った」、確かにそのとおりだ。でも、そのような「いい話」が人々の心に届くことはあったのだろうか。震災当初は、大きすぎる現実を前に、人々はただ打ちひしがれ、生き延びることだけに必死であった。徐々にわかってくる死者、あるいは行方不明者の想像不可能な数を思うとき、私は沈黙するしかなかった。私自身が助かる理由など何もなかったことに気づくからである。新聞は震災一色となる。

 そのような状況であった。ライオンの赤ちゃんが生まれたことを伝える記事が載るのは。上野のパンダよりも大きく報道していたニュース番組もあった。それだけ人々がこのようなニュースを待望していたことが分かる。新しい命の誕生に、人々は新しい第一歩を感じたのだ。

 私は広島のことを思い出していた。日本の一都市であった広島を世界のヒロシマへと変えてしまった一発の原子爆弾。街の壊滅は多数の生命の犠牲と共(とも)であった。言葉の追いつかない世界において、人々は文字どおりの絶望、つまりすべての望みが絶たれた日々だったに違いない。そのような時、人々は草が生えているのを見つける。これは驚きであった。なぜなら、原爆によって草花は数年は生えてこないと思われていたからだ。それは確かに草である。しかし、ただの草ではなかった。

 ライオンはただ生まれ、草花はただ生えただけなのに。そう、それだけのことなのに、私たちは何かをそこに見いだした。否、正確に言えば見いだしたかったのだ。何を?命である。命に触れたかったのだ。命はか細い。しかし、か細さゆえに人はそれを愛でる。

 うららかな春の一日。私たちはライオンに、つまりは命の誕生に夢と希望を見いだしていた。
ライオンの名前は「はる」「ゆめ」、そして「きぼう」と名づけられた。

田村晃徳(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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