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情報誌 アンジャリ
光と闇

桃井 和馬
 写真を撮(と)る。それは「光と闇」を見極める作業だ。あえて「光と影」と書かなかった理由は、目に見える単純な影ではなく、息吹き、蠢(うごめ)く、意思さえ宿る闇、豊潤(じゅん)な闇こそが、光と相対する存在だと確信するからである。

 四国の山奥で修験者たちを真似て、一人で野宿を続けた時のことだ。新月が厚い雲に覆われたその夜は、自分の手さえ見えない漆黒の闇に一帯が包まれていた。電池を節約するため、早々とライトを消して横になった。暗闇のなかで、動物がこちらを見定めていることは、落ち葉を踏みしめる音が止まったことでわかった。風が頬を撫(な)でた。木と木が擦れ合う音が話し声に聞こえる。近くで誰かに見つめられているようにも感じた。

 眠るのを諦(あきら)め、ザックのなかから小さなローソクを取り出し、火をつける。揺らめく光を見つめていると、ザワついていた心が静まっていった。古来、修験者たちも、闇との対話を続け、闇のなかに浮かび上がる光に慰められたのだろう。

 私は今、世界各地で「宗教」をテーマにした撮影を続けている。気づくのは、古くからの伝統宗教では、必ず物理的な「光と闇」がさまざまな形で継承されていることだ。理由は簡単で、電気がない時代に生まれた宗教儀礼や建築様式が、今に引き継がれているからだ。しかしそれだけではない。暗闇が息づき、そのなかで小さな光が揺らめく瞬間があったからこそ、人は人を超えた領域を体感できたのではないだろうか。

 インド・ヒマラヤに位置するジャム・カシミール州は、チベット仏教が根付く地域だ。厳冬期でも毎日、僧侶たちは夜明け前から暖房のないお堂に集まり、白い息を吐きながらお経をあげる。特に水力発電用のダムが凍結する冬の間、発電は値が張る重油が使われるため、電気は夜の数時間しか来ないのだ。当然、勤行が行われる早朝は電気などなく、堂内もローソクが灯されているだけだ。目を凝らしてやっとあたりが見えるくらいの明るさだから、カメラのフォーカスを合わせるのも至難の業だ。そのなかで、僧侶たちは、身体全体で経文を唱え、五体投地を繰り返すのだ。

 二時間ほどのお勤めが終わるころ、窓から注ぎ込む光が温かさを運んでくる。どの窓も、光が最大限に取り込めるように作られている。それまでが寒かったからこそ、光がもたらす温かさに心から感謝したくなる。

 朝食は、ツォンパと呼ばれる「麦焦がし」だった。それにバターが入ったチベット独特のお茶を混ぜ、手で団子にして食べるのだ。それだけだが、まともに電気さえ来ていない「不便な」この地にいると、何かが「ない」ことに不平が漏れるのではなく、わずかでも「ある」ことに感謝し、自然と手を合わせたくなるから不思議だ。夜が寒いからこそ、朝の光の温かさをありがたく思えるように、贅沢(ぜいたく)ができないからこそ、質素な食事にも感謝できるようになる。

 正教会と呼ばれるキリスト教の教会でも、興味深い体験をしたことがある。正教会とは、ビザンチン帝国の国教で、四世紀から十五世紀までキリスト教の中心を担った教派だ。国によってギリシャ正教、ロシア正教と国名をつけて呼ばれるが、実はどれも同じ正教会で、日本の「ニコライ堂」(東京・御茶ノ水)もこの教派に属している。

 正教会の教会は総じて内部が暗い。人々が教会で普通に聖書を読むようになったのは、十六世紀初頭にルターが起こした宗教改革以降のことで、それ以前にヘブライ語やギリシャ語で書かれた聖書を読めたのは、高い教育を受けた聖職者だけ。彼ら聖職者の手元だけをローソクで照らせば事足りたのだ。

 薄暗い教会内で祈る時は、樹液から作られた香が短時間だけ焚(た)かれるのだが、教会内が香の煙で満ちた直後に、興味深いことが起きる。ステンドグラスなどを通して外から入り込んだ光が、立ち上がった煙に反射し、一条の光線となって現れるのだ。伝統的にキリスト教ではイエスを暗闇のなかに注がれた光と説明してきた。そのことを正教会では、文字が読めない人々にも、建築様式と香を焚く祭儀により「体験」として伝えてきたのだ。香の煙が消えると同時に、一条の光の線も消えてしまう。だから、光の「秘跡」を見ることができるのは、教会に来た人だけに限定されることとなる。

 山で使うヘッドライトとローソクを、夜の新宿・歌舞伎町でつけてみたことがある。ギラギラと照りつけるネオンのなかでは、ヘッドライトの光も、ローソクの明かりも、まったく目立たないのだ。暗闇を完全に排除し、強烈な明かりに支配されたこの街では、わずかな光など感謝の対象ではない。そして日本では、今も「経済成長」という免罪符の下で、明るい生活だけが「善」とされ、大量の電気が作られ、原発事故を目の当たりにした後も、原発再稼働が正当化された末に、原発の輸出が続いているのだ。

 世界各地でひたすら光と闇を見つめてきた今、感じるようになった。本物の「光」を感謝するために、あえて「暗闇」に身を置いても良い時代なのかもしれない、と。  

 

(ももい かずま・写真家、ノンフィクション作家)
著書に『希望の大地―「祈り」と「知恵」をめぐる旅』岩波書店

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