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情報誌 アンジャリ
神は負けても、親切は勝つ

岸 政彦
 私には宗教はない。何かの信仰をもつ、ということがよくわからない。既成の、特定の宗教を信じるということがほんとうにわからなくて、例えばキリスト教徒の方はイスラム教という「別の世界体系」をどう思っているのだろうかと、不思議に思う。もちろん、特定の信仰をもったたくさんの人々がいて、異なる世界体系としての別の信仰をもった人々と、これまでなんとかうまくやろうと努力してきたということは知っている。そういう話ではなく、もっと個人的な、実存的なレベルで、信仰をもつということがわからない。
 ずっと以前、あるキリスト教徒の高齢の社会学者に、信仰をもつということはどのようなことか、それは「神が実在している」という信念をもっているということか、としつこく聞いたら叱(しか)られたことがあって、いまでもこの「叱られた」ということに、なんとなく納得がいかない。まだ私も若かったころの話で、いまならそんなことは聞かないが、とにかく純粋に素朴に興味があったから尋ねただけで、しかしこの「尋ねる」ということ自体が、信仰をもつ人にとっては不愉快(ふゆかい)なのだということを、このとき学んだ。信じているものを相対化されたら、たしかにそれは不愉快だろう。そして、聞く、尋ねる、質問するというおこない自体が、必然的に人の信念を相対化してしまう働きをもっているとすると、もう私たちには、そうした信念をもつということがどのようなことかを知ることは、原理的にできなくなってしまう。聞くことすらできないのだから。どれだけ上品な聞き方をしたとしても、信仰をもっていることそのものについての質問は、「〈一体なんでまたそんなもの〉信じてるんですか?」という、不躾(ぶしつけ)な揶揄(やゆ)と変わりはない。だから私は、いつまでもわからないままだ。

 猫を飼っている。子どものころから犬やら猫やら鶏やらインコやら亀やら金魚やら、いつも何がしかの動物がいる家で育って、そのあと家を出てひとりで10年間暮らして、いつも思っていたのは、犬か猫がいないとこんなに寂しいんだ、ということだった。しかし貧乏な一人暮らしでちゃんと世話ができるわけもなく、あきらめてよその猫たちにときどきごはんをあげてそのかわりにちょっと撫(な)でさせてもらう、というだけで我慢していたのだが、結婚してすこし広い家に引越したときに、部落解放研究所で研究員をしていた連れあいから電話がかかってきて、子猫が2匹捨てられているねんけど、どうしよう。いや、ウチのマンションペット禁止やで。そうやなあ。どうしよう。と、しばらくやりとりしたあと、その場で決断して、彼女はその2匹の子猫を、家まで連れて帰った。電車のなかで、部落解放運動のシンボルである荊冠(けいかん)が描かれたダンボール箱のなかから盛大に子猫の鳴き声を響(ひび)かせながら。
 そしてそのあと18年間、何度か引越をしながら、ずっと家族4人で暮らしてきた。子どもができなかった私たちにとって、「おはぎ」と「きなこ」は、子ども以上の存在だった。去年の11月にきなこは安らかに亡くなってしまい、いまはおはぎひとりが静かにこの家で暮らしている。これまでどおり、最後まで溺愛(できあい)しようと思っている。
 子どものころ、家のなかに話し相手が誰もいなくて、いちばん仲良くしていたのは犬と猫だった。友だちは何人かいたけど、それほど話が合ったわけでもなく、だからいちばんお互い理解し合えたなと思うのは犬と猫で、それはいまでも変わらない。動物たちと言葉を交(か)わすことができる医師が主人公の『ドリトル先生』シリーズが好きで、その荒唐無稽(こうとうむけい)な物語を何度も何度も読み返していたが、いまから考えると私はすでに犬や猫たちと十分言葉を交わしていた。遊びたい、一緒に寝たい、ひとりで寂しかった、いまは触(さわ)られたくない、お腹が減った。犬や猫の要求はいつもシンプルだから、言葉を使わなくても私たちはお互いわかり合うことができる。

 ここ30年か40年ぐらい、社会学や現代思想において、他者は理解できない、もし理解しようとすればそれは不遜(ふそん)であり、暴力である、という主張ばかりが言われてきた。確かにそうだ。私たちは、あまりにも多くのラベルを他者に貼(は)りつけてしまう。
 大学内のある会議で、授業態度の悪い学生のことを「どうせ発達障害だろう」という表現をした教員がいた。いま思えば怒鳴(どな)りつけるべきだったと思うが、そういう私自身が、他者への暴力的なラベリングから逃れられているわけではない。まず必要なことは、尊重としての距離化だ。他者を理解することを差(さ)し控(ひか)えることは、他者の尊重の第一歩である。簡単に理解できると思わないほうがよいのだ。
 しかし、そう思いながらも、やはりどこかで、例えば普通の、世俗的な、身近な言葉をお互いに交わすことで、立場を超えて完全に共感したりすることは無理でも、何らかの「理解」というものがそこに生まれるのではないか、という強い思いもある。
 深い共感や共振(きょうしん)というものがまったくなくても、例えば抱き合ったり、頭を撫でたり、散歩しにいって一緒に走ったり、おいしいごはんをあげたりして、相手を喜(よろこ)ばせることはできる。
 
 理解できる、ということに、根拠はない。そして、根拠がないのに強く思う、ということがもし信仰なら、これが私の信仰なのだろう。だから、私には神はいないが、信仰はある。信仰というか、少なくとも、信じているものがある。私たちは、犬や猫と、お互い理解し合い、そして愛し合うことができる。
 犬や猫は、神でも仏でもない。神仏というものは人間が作り出した概念であって、実在しない。しかし犬や猫は実在している。人間も実在している。そしておそらく、理解という「事態」も、実在している。そこに言葉が介在しても、しなくても、私とあなたの間で何かが達成され、何かの事態が生じる、ということが、この世界にはある。すべてを理解し、共感し、経験を入(い)れ替(か)えることはできないけど、こういうことがあったんだよと、言葉を交わして、合理的な、世俗的なやり方で、私たちはすでに他人と(あるいは犬や猫と)共に生きているのだ。

 先日、東京に日帰りで出張して、新幹線で大阪へ帰る途中で、ずっと寝ていたのだが、なんとなく目が覚めてiPhoneを見たら、LINEやFacebookメッセンジャーにいくつか、何か切迫した、緊迫(きんぱく)した友人たちの連絡が入っていた。大丈夫? 無事ですか? いま新幹線の中ですよね?
 人が殺されたらしいよ、大丈夫?
 私は目を覚まして、ざっとTwitterで検索すると、どこかの若い男が新幹線の車内で、鉈(なた)か斧(お の)を振り回して、死者が出ていた。Twitterには、そこに居合(いあ)わせたたくさんの人々が撮(と)った写真や動画が流れてきていた。
 その前に、東京駅で、もう21時も過ぎていて、ちょっとゆっくり車中で食べるものを買い物しようか、それとも早く乗って車内で適当な弁当を買おうか、と迷っていた。私はなんとなく、早く帰りたくて、いちばん早い新幹線の切符を買った。
 事件が起きたのは、まさに私が迷(まよ)っていたほうの便だった。たまたまその一本前の便に乗ったのだが、事件が起きた便に乗っていたかもしれなかった。
 痛(いた)ましい突然の死、というものがある。それは私たちのすぐ隣(となり)にある。死、というものは、同心円(どうしんえん)状に広がっている。中心に、まさにその死者がいる。その死を引き起こした者がいる。その場に居合(いあ)わせた者たちがいる。その場に居合わせたかもしれなかった者たちがいる。その場に居合わせたかもしれなかった者たちを心配する者たちがいる。そうやって死は、波紋のように、徐々に力を弱めながら、同心円状に広がるのだ。違うところからやってきたさざ波の輪が、たまたまぶつかることもある。
 そうやって私たちは生きているのである。

 死に意味はあるか。ない、と思う。私たちは死に接して、それに驚(おどろ)き、傷つき、痛みを覚え、その痛切さの真ん中で、心臓を鷲掴(わしづか)みにされ、呼吸の邪魔(じゃま)をされる。眠れない夜が続く。いつまでも癒(い)えることがない。
 そこで私たちは、つい出来合(できあ)いの物語にすがることがある。安易(あんい)な意味づけをしてしまうのだ。命を何かから「いただいた」と言ったり、亡くなってしまったものは何かの「目的」をもって亡くなったのだと言ったりしてしまう。
 私が一本早い新幹線に乗っていたことは、単(たん)なる偶然であって、何の意味もない。誰からも何も貰(もら)ってはいないし、そのことで何ものかに感謝したりはしていない。そういう意味づけは、たわいもないものではあるが、それにしてもやはり、生き残ってしまったという事実そのものがもつ「尊厳」のようなものを、台無(だいな)しにはしている。
 私は、ぎりぎりのところで生き残ったことを考える。私は自分が生きているということ、そのそのものを、いつも考えたいと思う。
 あるいは、死というものの痛切さを思う。その死というものの、その残酷(ざんこく)さ、痛ましさを、私は一切の意味づけもせずに、そのまま考え続けたいと願う。
 私が親しくしていて、そして亡くなってしまったすべての人々のことを、いつも考える。天国も地獄(じごく)も実在しない。そして、少なくとも私にとっては、神も仏も実在しない。だからかれらは、もうどこにもいない。その、「もうどこにもいない」ということを、考える。

 いま沖縄で、沖縄戦の体験者の方々の生活史を聞き取っている。いま40人ほど聞いているのだが、だいたい100人ぐらいは聞いていきたいと思っている。聞いて、文字に起こして、製本して、後世(こうせい)に残したいと願っている。
 多くの人々が亡くなった。しかし同時にこの戦は、多くの人々が生き残った戦でもある。そしてその生き残った人々が、子や孫を育て、いまの沖縄をつくってきた。私はその物語を聞いて、書き残したいと思う。だからずっと、自分の母親が目の前で爆弾にあたり、腹から内臓が飛び出ているのを、家族みんなで手で押さえた、という話を聞いている。
 そういう死が、数万、数十万とあった。あまりにもたくさんの死、というものを、私たちは理解することができない。それはもう、わからない、としか言いようがない。しかし同時に、わかろうともしない、ということも、許されることではない。なんとかわかろうとしなければならないのである。私たちは、そのために、何かできることをしなければならない。死者たちによって、私たちは衝(つ)きうごかされる。死について思うことは、死者と約束を交わすことである。それは絶対に果たすことのできない約束だが、反故(ほご)にすることもできない。
 あとはもう、ただ考えるしかない。そしてできることをするしかない。

 しかし私たちには、少なくとも、猫や、犬や、友だちと会話を交わし、そしてその範囲のなかで、合理的に世俗的に、お互いを理解することができる。少なくとも、そういうことはできて、そしてこの世界のなかにそれは実在するのだ、ということを信じることができる。猫と理解し合える、という事実は、崖からぶら下がっている私たちが、最後につかまることができる枝だ。もう他に、つかまるところはこの世界にはない。それは荒れた夜の海に浮かんだ、たったひとつの木切れである。もう他に、すがるものはこの世界にはないのだ。

 根拠のない信念が信仰であるとするなら、これが私の信仰である。だから私も、何の宗教も信じていないけど、ひとつの信仰をもっているということになる。
 先日、大学の卒業生たちと飲んでいて、仕事や恋でうまくいかない男子を、ある女子が慰めていた。私な、神様ってな、おると思うねん。でな、ちゃんと私らのこと、見てると思うねん。だから○○くんな、いつも頑張ってるやんか。そういうとこちゃんと、見てくれていると思うねん。
 私はここにすべてがあると思う。彼女は、神はいる、とは言わなかった。神がいるかどうか、と聞けば、彼女もいない、と答えるだろう。ただ彼女は、いると思う、と言ったのだ。そして、そう言うことで、彼女は本当は、あなたの努力がいつか報(むく)われますように、と言ったのである。つまり彼女は、祈(いの)ったのだ。彼のために。友だちのために、目の前にいる、大学時代からの友人のために、彼女はそういう言葉で、そういう言い方で、彼女なりに、祈ったのである。純粋に、友だちのために、誰も傷つかないような、たわいもない、日常的な、世俗的な言い方で彼女は、祈ったのだ。
 カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut)は、「愛は負けても親切は勝つ」と言った。「人生の目的は、隣にいる人に親切にしてあげることだ」と言った。私は「神は負けても親切は勝つ」と思う。だから、猫を撫でること、友だちを思いやることは、そのままこの世界のもっとも大切なものに対する、祈りなのである。

 

(きし まさひこ・立命館大学大学院 先端総合学術研究科教授)
著書に『はじめての沖縄』(新曜社)、『断片的なものの社会学』(朝日出版社)など

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