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親鸞仏教センター通信
第65号 June 2018
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独立者となろう

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
 釈尊がこの世に誕生したとき、右手で天を左手で地を指さして、「天上天下唯我独尊」と叫ばれたという伝説がある。この「独」とは、この世に生命を受けることは、一つの身体を与えられて、独りで生きることを表している。『大無量寿経』には「独生独死独去独来」とも言われる。「尊」とは、この生存が当たり前の存在ではなく、気づいてみれば他にかけがえのない尊貴さをもつ生存であることを象徴するのである。
 しかし、我らがこの世で生きるときには、決して独りだけで生きるのではない。生まれるのも、親から与えられる身体であるし、兄妹や親族、さらには近隣の人々、そして学校や社会などの「人間関係」のなかに生活するべくこの生命が与えられている。
 この関係的な存在、「間的存在」として生きるところに出てくる問題がある。それが「倫理」の問題である。善悪だとか正邪だとか罪悪ということである。これらの課題をしっかりと受け止めて生活をしていくことが、人間にとっての大切な課題なのである。しかし、人間関係のなかに出てくるこれらさまざまな倫理的な規範を根底から決定してくる制約や条件がある。実は、それがそれまでに蓄積してきた歴史に深く関係する決定的条件でもあるのである。そしてそれは、地理的条件や気候条件、あるいは他の国との関係などのなかで積み上げてきた価値体系などでもある。
 これらは、いうなれば相対的条件と言ってもよいであろう。たしかに、個人にとってはある意味で絶対的条件のごとくに規定してくるにしても、場面が変わったり、他国の人であったりすれば、その規範は変わりうることになる。絶対的条件のごとくに感じる倫理的規範が、個人にとっての相対的条件であるのなら、何を基準にしてその規範を決定するのかが問われることになる。
 『歎異抄』に「善悪のふたつ総じてもって存知(ぞんじ)せざるなり」という表現がある。これは、倫理的規範など、どうでもよいと言っているのではない。一切の生存を根底から支えている「大悲」の智慧を見いだすなら、相対的規範の縛りを緩めうることを表そうとしているのではないか。この智慧を発見するなら、「独生独死」の孤独の生存を超えて、独立者でありつつ「独尊子」たることをうるのである。独りであることを、「孤立」と感じるのでなく、「独尊」と受け止めていこうと言うのである。
 この独尊の知恵によって、自己を信ずることができる。自己が大地の上に立ったような安心感を受けとめるなら、自ずから人間を信じられる。そこにおいてこそ、独立しつつ連帯する道が開けるのである。
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