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親鸞仏教センター通信
第62号 September 2017
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祖父とマンゴー

親鸞仏教センター研究員 青柳 英司
 私の子ども時代、マンゴーはまだ馴染みのない果物だった。食べた記憶はないし、もしかすると実物を見たことすらなかったかもしれない。けれど私の祖父は、マンゴーが嫌いだと言っていた。「昔よっぱら食った(たくさん食べた)」せいで、嫌いになったのだと言っていた。

 実際に祖父は若いころの数年間を、南の島で過ごしている。真宗専門学校(現在の同朋大学)に在学中だった昭和18年(1943年)の冬に、学徒動員を受けたからだ。そして、翌年の秋には、南方の戦線へと送られたのである。終戦も遠い南の島で迎え、さらにしばらくの間は、捕虜として留め置かれたらしい。

 祖父は当時の話を、小さかった私によく聞かせてくれた。もちろん孫が相手だから、陰惨な話は一切しない。

 「戦地に行く船にな、敵の魚雷が当たったんだ。けど、野郎らも慌てて作ってんだろうな、爆発しねがったんだ」

 こんな感じの話を、笑顔でしていた。だから、小学生にもなっていない私は、祖父は戦争が好きなのだと勝手にそう思い込んでいた。けれど、もちろんそうではない。祖父が当時の体験を人に話すようになったのは、古希が近付いてからのことらしい。あの体験が言葉となって出るまでには、長い時間がかかっているのだ。

 だから、私は思う。マンゴーを食べ飽きたという話も、嘘なんじゃないだろうかと。

 実際に祖父は別のときに、塩すら満足に無かったという話を聞かせてくれた。それならマンゴーなど、滅多に手に入らなかったのが実情だろう。むしろ、祖父があの南方の果物を嫌ったのは、そういう記憶を呼び起こすからではないだろうか。

 しかしそれなら、どうして祖父は小さかった私に、あのころの話をしたのだろうか? 戦争の愚かさを伝えるためか? 確かに、そういう意味もあっただろう。けれど、それだけではなかったような気がしている。

 いつも笑いながら話していたけれど、祖父は何度か死にかけている。先に挙げた魚雷の話にしても、もし不発弾でなかったなら、どうなっていたのだろうか? 祖父も私も、いなくなっていたのではないだろうか?

 そう考えると祖父の語りは、やはり単なる教訓ではない。むしろ、今ここにこうして生きているということが、実は当然のことではないという事実を確かめ直し、伝えようとしていたのではないかと感じられる。

 ちなみに私の娘は、マンゴーが好きだ。このままずっと、好きでいてくれたらと思う。ただ同時に、それを当然のこととしないでほしいとも願っている。
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