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親鸞仏教センター通信
第61号 June 2017
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本願の生活者

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
 安田理深師(以下敬称を略す)が亡くなってはや35年の歳月が流れた。安田理深の残した思想とそれを言い当てる言葉は、現代の生活を通して、深く感じさせられることが多い。ここに掲げた「本願の生活者」は、安田理深の最期の講義に出てきた言葉であり、その講義録がこの題で残されている。

 親鸞は『教行信証』「信巻」の「真の仏弟子」を考察するなかに、善導の出された「妙好人」の語を取り上げられている。言うまでもなくこの言葉の元は、『観無量寿経』の「若念仏者 是人中分陀利華」についての善導の解釈にある。念仏する人は、人のなかにあって、清く咲く白蓮華(プンダリーカ)であるとされる。蓮の花はどこで咲いていても、美しい薄桃色であるが、そのなかに、何千年に一度、白い花を開く蓮華があるという。この伝説的な花の名を、経典はしばしば取り上げているが、『観無量寿経』では「念仏者」の譬(たと)えとしているのである。

 親鸞は、本願の純潔な信心を得ることは、「難中の難」であると言い、しかしながら、たまたまこの信に巡り遇(あ)うなら、これほどかたじけないことはないと言われる。そして、善導がこの白蓮華に喩(たと)えた念仏者を、親鸞はさらには如来が褒めてくださることとも合わせている。「信心よろこぶそのひとを 如来とひとしとときたもう 大信心は仏性なり 仏性すなわち如来なり」との和讃は、『涅槃経』に由来するのだが、信心の人を如来が「我が善き親友」であると言ってくださっていることも、『無量寿経』によって明らかにされているのである。

 本願の生活者」とは、曇鸞が言うところの、「本願に乗ずるを我がいのちとなす」という信念を背景にして、念仏の生活者を表しているのであろう。それは曽我量深が「信の一念」による信念内容として、「願に生きる」と表現されたことをも視野に入れていると思う。法蔵菩薩の願心に触れることには、あたかも電流の流れている電線に触れるようなショックがあり、触れる以前とその瞬間との差異には、死にかかった心臓発作の患者がそのショックで生き返るような意味があるとされるのである。親鸞が信の一念に、「時剋(じこく)の極促(ごくそく)」ということを記しているが、その時が熟するような事実が、念々に時間の移ろいを超えて、常に信の一念として発起するところに、本願が生活者に受け止められていく真実信心のありさまを言い当てようとしているのである。「妙好人」の生活が、この語で表されているのだと思う。
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