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親鸞仏教センター通信
第4号 December 2002
[巻頭言] <闇>に浮かび上がるもの
親鸞仏教センター研究員 櫻井 智浩
 最近出版された仏教概説書のあとがき。「密教とオウム真理教を混同するような誤解・偏見は、もはやほとんど過去の遺物と化している」。この言葉には、当時、そのような誤解によって苦汁を舐(な)めさせられた彼らの実感がこもっている。その実感は、程度の差はあれ、宗教に関わる者には頷けるものだと思う。しかし、オウム真理教を求めた人々が抱えていた苦悩というのは、決して過去の遺物ではない。それは形を変え、勢いを強めて現代の下層に伏流しているのだ。そのことを意識せずに仏教との違いを叫べば叫ぶほど、宗教と呼べないものに人々が引きつけられていった理由、その根本にある苦悩とは乖離(かいり)していってしまう気がする。オウム真理教だから信じたのではない。仏教だから信じたのでもない。自分の苦悩に応えてくれたから彼らは信じたのだ。たとえ、それが結果的に苦悩を深めることになったとしても。

 「カルト問題」は、センターが取り組んでいる課題の一つである。そこに、現代人の〈闇〉が端的に先鋭的な形で今なお表れてきているからである。学びの中で、彼ら信者の問題は、苦悩という点では決して人ごとではないと再認識させられる。家族の問題、現状への不満、将来への不安。彼らの入信動機は、我々が日頃抱く悩みとさほど変わりないものばかりである。ただ彼らは、その奧底に自己の存在意義の揺らぎを認め、「明確な」形ある答えを切望した。明るみの希求、暗闇の忌避という人間の抜きがたい〈闇〉。その〈闇〉に肉薄するとき、それは自分自身への問いとなって突き返される。今こうしていられるのは、たまたまカルトに出会わなかったというだけのことではないのか。さらにいえば、本当に自分は教えに出会っているのか。

 仏教に学ぶ自分を振り返る。たとえば、「因から果が生じる」という仏典の言葉を聞いたとき、それを両者の間で完結した因果関係のみで捉えがちである。しかし、そうではない。果が地に落ち、条件が揃えば、それは種子(たね)として新たに芽吹く。そうだった。確かな〈いのち〉の営みに裏打ちされた言葉なのだ。仏教は、そういう〈いのち〉に対する眼差(まなざ)しから確かに始まっている。現代は、その眼を回復不可能なほどに失った荒野である。そこに立ち、種子(たね)をまく。種子は芽吹くだろうか。〈闇〉に立ち、見据える。そこに我々自身の課題が浮かび上がるのだ。
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