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親鸞仏教センター通信
第9号 March 2004
[巻頭言] 速さを見直すということ
親鸞仏教センター所長  本多 弘之
 いわゆる文明の進歩ということのなかに、より「速い」ことに価値を求める方向があって、科学技術によるスピードを競い合うということがある。例えば、飛行機がプロペラ機からジェット機になり、音速を超えるような旅客機がもてはやされる。客車が新幹線に代表されるような、高速の列車になっていく。「こだま」が「ひかり」になり、さらに「のぞみ」になって、飛行機と旅客の奪い合いをしている。
 そして、「速さ」が仕事の速さとなり、効率化となり、緩やかさは切り落とされていく。日程も切りつめられ、すべてのものごとは、短時間で処理されるようになる。それが文明の価値観であり、そのために機械化や IT 技術が世界を覆っていくというわけである。
 ところが最近、「速さ」について見直そうという運動が起こってきている。“Slow is Beautiful”(ゆっくりするのは、うつくしい)という書物が、ベストセラーになっている。これは、人間の生活がそろそろ「速さ」に付いていけなくなったということだけではないと思う。
 確かに、企業社会が合理的に利益を追求するには、短時間で能率良く安上がりの労働を確保するほうが評価されるのであろう。しかし、そこに生きている人間はどうなるのか。人間は生き物として、生命のリズムがあるし、生きていることに悩んだり喜んだりする存在である。そして、自分が生きていることの意味を求めるものでもある。機械やロボットのように、速さや合理化に付いていけないだけではなく、疲れたり飽きたり嫌気がさしたりするのである。“ちょっと待てよ”と立ち止まるものなのである。
 なによりも、「速さ」によって人生に豊かな時間が恵まれるのかというと、そうではなく、ますます自分の時間がなくなるのである。「ゆとり」などというものは、効率第一の発想には、不必要なものなのである。だから「速さ」の見直しということは、「文明」によって切り捨てられていく「人間存在そのもの」からの異議申し立てなのではないか。
 大量消費や使い捨ての生活は、単に生活用品を無駄に捨てるということに止まらず、人間存在の、いのちとしての「ゆとり」や「豊かさ」をも削り取り、無視していくことになっていく。「遊び」が人生に与えてくる「ゆとり」さえ、規格品の枠にはめて、商品のようにしか手に入らなくなってしまっている。そういう「文明」からこぼれ落ちている人生の尊さを、自分たち自身で取り戻したいという思いの立ち上がってきたのが、「ゆっくりいこう」という呼びかけなのではないか。
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