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親鸞仏教センター通信
第17号 March 2006
[巻頭言] 大悲による「独尊子(どくそんし)」
親鸞仏教センター所長 本多 弘之
 「朝な朝な、仏とともに起き、夕な夕な、仏とともに臥(ふ)す」(『清沢満之全集』第8巻402頁、岩波書店〈筆者が適宜読みやすく表記。以下、同じ〉)。これは『安心決定鈔(あんじんけつじょうしょう)』(『真宗聖典』953頁、東本願寺出版部〈以下、『聖典』と略記〉)にある有名な言葉である。この言葉を清沢満之は『臘扇記(ろうせんき)』に記したのち、「仏とは何ぞや」と自問し、続いて『臨済録』の言葉を記す。
  一無為(むい)の真人あって、二六時中、爾の面門より出入す。
と(無為は、元の『臨済録』では無位(むい))。続いて、「無為の真人とは、何者か」と自問を繰り返し、
  仏を恥ずかしめず、真人を忘れない者は独尊子(どくそんし)である。
と自答する。そして、「独尊子は、無畏(むい)に住し、不動に安んずる者である」という。
 「独尊」とは、釈尊の伝記で誕生と同時の宣言として伝えられる「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」に由来するものであろう。してみると、仏とともに起居するということは、自己の心身に「独尊」の信念が当来し、「無畏と不動」の安住が与えられることであるというのであろうかと思う。そしてこの信念は、決して自力の仏性(ぶっしょう)に立つもののことではなく、他力信心の人の生活内容なのだということを語っている。
 仏法をいただくということが、具体的にどういう功徳を私たちに与えるのかというなら、例えば親鸞聖人は「必ず現生(げんしょう)に十種の益(やく)を獲(う)る」(『教行信証』「信巻」『聖典』240頁)と言われているし、その他にもさまざまな利益(りやく)を数え挙げられるかもしれない。満之自身も、信仰の諸徳として、精進の心・忍辱(にんにく)の心・不諍の心というようなことを語っていたこともある。
 だがここで満之は、「無畏」と「不動」の二つを押さえている。畏(おそ)れについては、五つの畏れを『十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)』では出している。「不活・死・悪道・大衆威徳・悪名」の畏れである。こういう事態への畏れは、人間が生きている限り逃れられない不安に根ざすものであろう。そして、生活する私たちには、時代や社会の状況が、あたかも運命のように襲ってくる。それによって、大きく揺さぶられ投げ出されて、自分自身などはどこかへ行ってしまうのである。しかし、そういう状況のただなかでも、「動かざること山のごとし」といわれるような仏陀の志願に包まれ支えられるという宗教的信念のあり様を、「朝に夕に仏とともに在る」というのだと、了解されたのではないだろうか。
 自力でつくる信念ではなく、摂取不捨(せっしゅふしゃ)の大悲を根拠とすることによる大安心、「無明長夜(むみょうじょうや)の燈炬(とうこ)なり 智眼(ちげん)くらしとかなしむな 生死大海(しょうじだいかい)の船筏(せんばつ)なり 罪障(ざいしょう)おもしとなげかざれ」(「正像末和讃」『聖典』503頁)の心境を表されたのである。
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