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親鸞仏教センター通信
第19号 September 2006
[巻頭言] ある医師の一言
親鸞仏教センター研究員 嵩 海史
 学習会の席上、参加者の一人であるホスピス医師が発した一言が、いまも私の心に深く刻まれている。ちょうど、「他者」という言葉が話し合いのなかで頻繁にもち出されたときのことである。他者は、哲学でも問題にされている言葉であるし、仏教界でもしばしば話題にされる言葉である。異なった学問領域にまたがって、同じ言葉が使用されているのだから、当然のことながら多義性をおび、意見がすれ違う。他者という言葉のもつ一人ひとりのイメージや定義がぶつかり合いながら、一定の意味へと収束されていった。
 そのホスピス医師は、「そもそも仏教には、他者という発想はあるのだろうか」と発言した。それに対して、初期仏教を勉強されている参加者の一人は、「自身の修行を目的とするのだから、他者という考えはないような気がする」と意見を述べる。私自身はそれに同調しつつも、阿弥陀如来を他者と見る研究者もいるという説や、大乗仏教には「自利利他」と言われて、皆で「さとり」を得るといった意味での他者という考え方もあるという内容のことを発言した。
 するとその医師は、「私の思っている他者というのは、絶対他者とでも言うべきか。末期のがん患者の方々が、死を受容していくプロセスとして、アメリカの医師、キューブラー・ロスの説が広く知られているけれど、あの説の取引の相手というのか、そういうのはキリスト教の考え方のうえに成り立っている発想ではないか。日本人には、日本人の信仰がある気がしてならない」と語った。
 学習会だけに、話題は一つに留まらず、しばらくして別の話に移ってしまった。だが、私はずっとその医師の発言をひきずっている。それは、死が数値化されつつ、眼前に迫ってくる人たちと常に接し、生と死を考えて来られたその医師が、仏教に期待を寄せていると感じたからである。さらにその言葉から、藁(わら)をも掴(つか)む心境、悲歎(ひたん)にくれる心境、恨(うら)みの心境など、数値化されないさまざまな感情の交錯する情況が目に浮かんでくる。「死に直面した状況下で仏教はどう力になれるのか(つまり、仏教と医療の関係)」「日本人の民間信仰と仏教教義で語る死生観の関係」「アメリカの仏教系ホスピスの現状とその導入について」「仏教における他者論」など、たくさんの問題を孕んでいるように思われるのである。
 これらの問題については、すでに言及されていることでもある。と言っても、解決したということではない。時間をかけて、いろいろな方途を考え、地道に取り組むべき課題ではないかと強く思っている。
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