親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 出版物紹介 > 親鸞仏教センター通信
出版物紹介
機関紙 親鸞仏教センター通信
親鸞仏教センター通信
第21号 March 2007
[巻頭言]深海からの地鳴り
親鸞仏教センター所長 本多 弘之
 大地震の予測が繰り返し出されている。こうなると狼少年の話よろしく、もうすっかり災害に対する準備をすることにも、熱が入らなくなっている。そろそろ諺(ことわざ)どおり、「災害は忘れたころにやってくる」のかもしれない。これは、いま書きたいと思う宗教問題の譬喩(ひゆ)である。求道心は、もし一念発起するなら、「頭燃(ずねん)をはらう」ように人を必死にならせるものであろう。けれども、日常生活の由(よし)無(な)し事(ごと)に引き回されていると、ほとんど忘れてしまうようなことでもあるのが宗教心である。
 だから善導は、一念発起する願生心を「二河(にが)の白道(びゃくどう)」の譬喩で語るとき、辺際(へんざい)のない水火(貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに))の二河の直中(ただなか)に、気づきにくいほどのわずか四五寸の道なのだ、というのである。「微(かすか)」にして、激しい怒りの炎や怒濤のような欲望に襲われて、消えそうな道だというのである。
 しかしこの道は、彼(か)の岸にまで到っている。未来の浄土に到っている。そして、この白道に足を降ろさざるを得なくなるのは、他の方向には逃げることができないという、「三定死(さんじょうし)」(回(かえ)るも死せん、住(とど)まるも死せん、去(ゆ)くも死せん)を自覚するときであるという。
 「独生(どくしょう)・独死(どくし)・独去(どっこ)・独来(どくらい)」と『仏説無量寿経』に言われる。われらはこの人生の有限な事実の厳粛さに出会うとき、逃げることのできない孤独を感ずるのである。この厳粛な事実は、歴然として消えることのないものだが、われらの煩悩の意識は、このことを忘れてしまうのである。現在の事実のなかに、過去をわずらい、未来を案ずることはあっても、真実の存在の厳しさの方向には向きにくいのが、われらの日常意識の傾向なのである。
 そういう愚かで鈍感なわれら衆生に、純粋なる未来から「苦悩の衆生よ」と呼びかけるものがある。それを四五寸の白道で喩(たと)えるのであろうが、それは実は「如来招喚(しょうかん)の勅命」なのだ、と親鸞は気づいた。これは、われらからは見えにくい存在の根源のささやきなのだ、と。比喩的に言うなら、光もささない深海の暗黒に轟(とどろ)くマグマの地鳴りのようなものなのだ。この地鳴りは、一切衆生の存在の根源に、はるかなる純粋未来から呼びかけている声なき声なのだ、と。大地震の来襲のときには、この世の一切の人間を平等に「生き地獄」に落とす。如来の勅命は、一切衆生を平等に「自力無効(むこう)」に触れしめ、広大無辺の大地に立たせようとする。方向は逆のようだが、あらゆる衆生に平等にはたらくことが、譬喩になるのではないかと思う。
ご購入・購読のご案内
Backnember ページトップへ
アンジャリ親鸞仏教センター通信現代と親鸞『教行信証』研究検証プロジェクト真宗聖典
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス