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親鸞仏教センター通信
第27号 September 2008
[巻頭言]「赦(ゆる)し」の可能性
親鸞仏教センター研究員 常塚 聴
 2006年10月、アメリカのペンシルベニア州にある小学校に銃を持った男が乱入し、女子生徒5名を殺害し、自らも自殺するという事件が起こった。田園風景のなかで起こった痛ましい事件は日本でも大きく報じられた。しかし、やがてこの事件のことは押し寄せる情報の力の前に記憶の隅へと追いやられていき、ありふれた事件の一つとして片付けられていった。
 最近、この事件を扱った『アーミッシュの赦し―なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか』(青木玲訳・亜紀書房)という本を読み、この事件のあとに起こった出来事を知り、私は大きな衝撃を受けた。事件の犠牲となったのは、「アーミッシュ」と呼ばれる伝統的な生活様式と信仰を守っている、キリスト教の一派に属する家族の子どもたちであったが、事件でわが子を失った家族は、事件の直後に自らの信仰にもとづいて「犯人を赦す」と述べ、被害者の家族が、自殺した加害者の葬儀に参列したというのである。
 アメリカでも、この事態はいささかの困惑をもって迎えられた。「教団が家族の感情を押さえ込んでいるのではないか」「怒りを感じないのは、正常な反応とはいえないのではないか」「犯罪者を安易に『赦す』ことは、犯罪を抑止することにならないのではないか」などといった疑問の声があがる一方で、現代社会に対するアンチテーゼとして受けとめる声もあった。
 しかし、アーミッシュの思想によれば、「赦し」はキリスト教徒として当然の行為なのだという。彼らも、容易に加害者を赦すことができたわけではない。しかし、彼らは「神に自らの罪が赦されるためには、自らも他人の罪を赦さなければならない」と考える。そのため、犯人に対する怒りよりも「赦し」を選ぶのだという。
 もちろん、アーミッシュの思想を無批判に称讃することはできない。自分が赦さなければ神の赦しが得られない、という考えは、私たちから見れば異質に見える。しかし、どのような宗教も同じように人間の営みである。アーミッシュの被害者家族が、苦悩に満ちた「赦し」というプロセスを選択できたことは、怒りではなく、「赦し」を選択できる人間の可能性を、宗教の違いを超えて示しているように思えるのである。
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