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親鸞仏教センター通信
第28号 December 2008
[巻頭言]孤立と独立
親鸞仏教センター研究員 楠 宏生
 私たちが仏の教えに出会い、教えに聞いていくということの中で、絶えず問いかけられていることは、「ひとりの人間として独立しなさい」「真実に出会いなさい」ということであろう。しかし、私たちは、そのような言葉を実際に聞いていくことができるのだろうか。
 「真実に出会いなさい」「ひとりの人間として独立しなさい」という呼びかけは、仏の教えによって自己存在が明らかにされていくことを意味する。それは、仏教が明らかにしている課題をとおして自己を学んでいきなさい、という問いかけに他ならない。そして、人間の苦悩を見つめ、その一人ひとりに智慧を成就してきた歴史、それがまさしく仏教の歴史であった。ところで、私たちが仏教に関心をもち、知識が増えても、そのままで仏教の教えを聞く者とは言えない。現実の自分の心のままで、仏教を学んでいれば、次第に仏教の教えが明らかになっていくように思うのは誤解であろう。仏の教えを学びながら、本当に自分自身を尋ねる。また、自分自身が仏から問われる、ということがないならば、たとえ仏教を学んでいても、いつも不安に満ちていて、自暴自棄になり、行き詰ってしまうことにもなる。場合によっては、その怒りの矛先が、人間関係を壊し、最後には“わたし”という存在を否定してしまうことさえある。
 安田理深先生は、『縁起と性起』(永田文昌堂、1963)の「孤と独」という一節の中で、仏の教えによって開かれる人間像、人間関係を次のように教えてくださっている。「世親が我一心といわれるように、我信ずる心によって我がなりたつ。我があって信を起すのではない。(中略)信心がなければ我はない。我執があるだけである」と言われ、その我執のすがたを「人と人との関係、人と仏との関係を引き裂くのは執になる」と述べておられる。私の心、我執の心から信仰が生まれるのではなく、そこに人間の成就があるわけでもない。だから、私の心によって人間関係が開かれていくのではない、ということである。
 独立とは、仏教の信仰、「如来廻向の信心」によって自らを自覚することであり、それは自分では独立することのできない私の心の闇を自覚することでもあろう。また、孤立とは、どこまでも自己の意識を肯定することによって生じる私の事実ではなかろうか。
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