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親鸞仏教センター通信
第35号 September 2010
[巻頭言]悲嘆の向かう先
親鸞仏教センター研究員 春近  敬
 昨年、興福寺所蔵文書の一つから室町時代後期の飢饉の記録が発見され、奈良文化財研究所によって報告された(『奈良文化財研究所紀要』Vol. 2009)。鎌倉時代の「論議草」の書写で、奥書に1504年(永正元年)6月の飢饉の様子が記録されている。曰く、前年の5月から雨が降らずに旱かん魃ばつとなり、興福寺・東大寺を筆頭に諸山諸寺が雨乞いの祈祷をしても全く効果がない。8月には馬借が蜂起し、多くの寺社が焼かれた。冬は厳寒で2月中旬には大雪が降り、餓死者が多く発生した。各地の寺院は遺体で足の踏み場もない。4月からは疫病が流行し、家々からは病死者を弔う念仏の声が絶えない、ということである。誠に生々しく、目を覆いたくなるような惨状が記されている。
 ところで、この奥書の末尾には「推之、一天挙成一向衆、諸業惣増邪法矣、尊神驚〔警ヵ〕諷之故歟」という一文がある。天下に「一向衆」が広まり、「邪法」があらゆる方面に行き渡っているので、神様がこれを警いましめているのではないか、というのである。奥書を書いた興福寺の僧は、現状を悲嘆するとともに、飢饉の原因を「一向衆」に求めているのである。当時の「一向衆」は必ずしも真宗門徒のみを指す言葉ではないとされるが、1504年は蓮如上人が亡くなった5年後のことであり、近畿を中心に本願寺教団が大幅に教線を拡大していた頃である。南都の仏教から見れば、当時の真宗はいわば「新興宗教」であり、「邪法」を奉じて秩序を乱す者たちだったのである。
 歴史を振り返れば、このような話は時代の各所で見られる。仏教伝来の直後からして、「蕃ばん神しん」である仏を拝したがために疫病が発生したとされ、物部氏によって大規模な仏教弾圧が行われた。海外に目を転じれば、例えばヨーロッパでは社会が不安定になるたびにユダヤ人が襲撃されたりゲットー(ユダヤ人居住区)が放火されたりというようなことが、中世から今世紀の初め頃まで続いてきたのである。
 社会的な不安が増大すると、どこかに「敵」を求めてそこに矛先を向けるという行為が、過去に何度も繰り返されているのだということを改めて感じる。それと同時に、いまを生きる私自身はそういうものに惑わされてはいないだろうか、という不安も覚えるのである。今日のメディアには、実にさまざまな、激しい言葉を含んだ意見が散見される。それらの多くは、発信者の現状への強い悲嘆から発せられていることは想像に難くない。しかし、室町の興福寺僧もまた、真摯な思いで上述のようなことを考えたに違いないのである。
 現代は、おそらく室町時代ほどには単純な決めつけはないであろう。それでもなお、正当な批判に見せかけて、どこかにそういう悲嘆の矛先としての「敵」を求める心が混ざっていて、無意識のうちにそれに便乗してしまってはいないだろうか、と考えずにはいられないのである。
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