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親鸞仏教センター通信
第45号 June 2013
「如実の修行と相応する」とは?
親鸞仏教センター所長  本多 弘之
 天親(てんじん)(新訳では世親(せしん))の『無量寿経優婆提舎願生偈(うばだいしゃがんしょうげ)』(『浄土論』)を菩提流支(ぼだいるし)三蔵から授けられた曇鸞が、その註を書いたことについて最近気づいた小生の考えを記してみたいと思う。
 世親の没年は、西暦480年ごろとされるが、曇鸞(どんらん)が生誕したのも、ちょうどそのころのようである。菩提流支が中国に渡来して翻訳にかかったのは、北魏の都・洛陽で西暦508年からとされる。その訳出は、『入楞伽(にゅうりょうが)経』、『深密解脱(じんみつげだつ)経』(『解深密経(げじんみつきよう)』の異訳)や『十地(じゆうじ)経論』などである。菩提流支は、北インドの人とされ、翻訳した経典等の内容から、唯識系統の学びを身につけて、中国に来たのであろう。彼はインドにおいて、世親と同じ時代を生きているから、直接・間接に唯識の学問を世親から受け継いでいたのではないか。『入楞伽経』、『深密解脱経』は唯識派にとっての所依(しょえ)の経典であるし、『十地経論』は直接、世親から受け取ってきたものとも考えられる。
 曇鸞は四論宗(しろんしゅう)の学者として抜きんでた人であったらしいが、健康を害して仙経(せんぎょう)を学んでいた。菩提流支の訳場に参加したのは、いかなる関心からかは不明だが、菩提流支が『金剛般若経』を訳出しているから、あるいはこれに興味があったのかもしれない。
 その三蔵法師との出遇(あ)いのなかで、話が健康法に触れて、師から厳しく学びの態度を批判されて、曇鸞は深く恥じ入り、その場で仙経を焼き捨てたと伝えられる。そして浄土教に帰して、『浄土論』を註釈し、『讃阿弥陀仏偈』を作っているのである。
 上記のように同時代の人であるから、菩提流支は『浄土論』が唯識の学匠天親の著作であることを知ったうえで、翻訳して曇鸞に渡しているのである。曇鸞がこれを解釈するにあたって、龍樹の『十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)』から説き起こしているのは、菩薩道を退転しない信念を、阿弥陀の本願力に依る「聞名(もんみょう)不退」の方法によるという点で、天親の『浄土論』制作の意図がこれと重なっていることを、菩提流支から指示されていたのではないかとすら思われるのである。
 『浄土論』を解釈する基本態度に、『無量寿経』の本願の教えを仰ぎ、浄土荘厳が法蔵願力によるのだという見方をするのは、『深密解脱経』や天親の兄・無著の『摂(しょう)大乗論』の仏土荘厳とは異なって、『無量寿経』の法蔵菩薩の如実修行(永劫(ようごう)修行)の本願力に相応しようとする求道心の問題だったからであろうと拝察されるのである。
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