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親鸞仏教センター通信
第46号 September 2013
東京の夜に思うこと
親鸞仏教センター研究員  藤原 智
 東京にいて思うことは、とにかく人が多いということである。朝から晩まで、日をまたいでも、町中に煌々(こうこう)と明かりが点(とも)り、電車のなかは混雑している。もちろん、そういう私もそのなかの一員なのである。
 自分自身に問うてみる。本当にこんな時間まで活動しなければならないのか。もう日は暮れているのだから、さっさと帰って休めばよいのではないか。しかし時間があるものだから、その時間にできることをしないと損だとこの頭は企むのである。それは効率の欲望である。その結果はどうか。不規則な生活になって、体調を崩していくことになる。頭が我が身を酷使して、我が身は黙って悲鳴をあげるのである。何かがおかしいと感じながら、我が身を労(いた)わらなければと思いながらも、この頭は効率を考え、やはり我が身を苛(いじ)めるのである。
 地下鉄を二十四時間営業にするという話があるらしい。確かにそれは便利であろう。今の時代、地球の裏側ともつながっているのである。こちらは夜中でも、向こうはお昼だ。時差ボケなどと言っていられないのである。
 しかし、それが人間の生活か。我が身の悲鳴が聞こえないのか。この疑問に対しての答えは簡単である。聞こえているのである。だから何かおかしいと感じているのである。そこで、何とかして人間らしい生活が、我が身を労わる生き方ができないかと希望し模索する。悲しいかな、その模索もまた我が身を苛めた効率の物差しに他ならなかったのである。
 効率の追求に悲鳴をあげた我が身を、効率で労わろうとする。その矛盾に思い至ることはできないのである。なぜなら、効率を求めるのは理性であり、その理性を捨てることはできないからである。理性を捨てるには人間をやめる他はない。だから私は未来永劫(えいごう)救われないのである。私の希望は、限りなき絶望へ向かうのみである。
 しかし、ここに至って初めて思い合わされるのが、『歎異抄』の「出離の縁あることなき身と知れ」との金言であった。そもそも初めから絶望しかなかったのである。私の希望は、私の妄想でしかないとはっきりと知らされるのである。ここに、本当の意味で頭の下がる世界がある。我が身の悲鳴を素直に聞くことができる。我が身と一つになれる安心がある。このことに思い至らなければ、すべての人間的営為は徒労でしかないのである。
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