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親鸞仏教センター通信
第49号 June 2014
閉じられた平穏
親鸞仏教センター研究員  藤原 智
 「また朝が来た」と起き上がり、電車に揺られ職場に行く。やらなければならないことを一つずつこなし、やがて電車に揺られて家に帰る。日々の生活を単純に言うとこの繰り返しである。そんななかで、変化の嫌いな私は、同じような日々が続いていってほしいと思っている。ただ、世の中は目まぐるしく変化していく。日々さまざまな情報が怒涛のごとくやってきては、私に態度決定を迫る。一つのことを考えている間に、次のことがもうやってくる。情報に翻弄(ほんろう)されて、疲れてしまい、もうこれ以上私を掻き乱さないでくれと愚痴を漏らす、そういう心性がある。
 外物が私を攪(かく)乱するのならば、その外物がやってこないよう防波堤を立てよう。そして外物に脅かされず、平穏な生活をそこに見いだそう。
 それは外物を排除し否定して得られる平穏である。それは確かに平穏であるかもしれない。しかしその平穏は、その内部に何かを否定することを許容する精神性を抱えた平穏である。平穏の奥深くに隠されたその否定性は、延々と私を苛(さいな)むことになるだろう。何かを否定して得られた平穏は、その平穏を守るため、次は私を否定するかもしれないと。
 私はここに至ってひどく不安で、臆病になる。私がその平穏を守るため、その平穏と表裏一体にある否定性をいよいよ増大させていく。いわば、周囲に対して攻撃的になってしまうのである。それが閉じられた平穏の限界性である。
 清沢満之は『有限無限録』において、「無限的行為ハ善ナリ 有限的行為ハ悪ナリ 故ニ 利他的ハ善ナリ(中略) 利己的ハ悪ナリ」とし、さらに「或人ノミニ対スル利他は邪ナリ 一切人ニ通スル利他ハ正ナリ」と記した。閉じられた平穏は、清沢からすれば悪であり邪である利己的行為に他ならなかった。そうではなく、一切人に開かれた精神をこそ、正義公道として求めたのであった。
 そのことに思い至るとき、悪・邪の道を突き進む、いかにもちっぽけな自己というものが思い知らされる。そこに目に見える悪意はないかもしれない。しかし、閉じられた精神にあっては、善意は否定する善意である。目に触れるもの、すべてこれである。そうであればこそ、開かれた精神を求めずにはいられないではないか。
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