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親鸞仏教センター通信
第57号 June 2016
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現代生活の罪業性と法蔵願心

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
 凡夫であるわれらの日常意識にとって、宗教的主体として教えられる法蔵菩薩は、どういう場合に感覚することができるのであろうか。親鸞の教示は、徹底的に衆生は「愚悪」であり「罪障深き存在」であると言う。その自覚に立つなら、日常のなかに「好日」を感じたり、喫茶喫飯(きっさきっぱん)に直接仏道が現前するということは、自己の凡夫性を忘れることでしかない。
 しかしそれにもかかわらず、その凡夫であることと離れずに、十方衆生に大悲がはたらいていることを信ぜよと教えられている。仏陀の根本の見方は、存在は因縁で成り立っているが、それに自我の執着が付帯して、今生きてあることを無明の黒闇で覆って、存在の本来性が見えていないとする。その無明の暗さを生きることには、親鸞の言う罪障性や自力の執心が付着している、それを突き抜けてはたらく法蔵願心を気づけ、ということなのであろう。
 この凡夫の存在構造に加えて、現代には文明社会の生きづらさという課題が乗っている。文明の利器に取り巻かれて、生活のための労力は圧倒的に減少し、便利で気楽な生活が大多数の生活者に確保されたようではあったが、一方で公害やゴミ問題、さらにはエネルギー多消費による地球温暖化などという、引き返すことが困難な課題が続々と噴出してきて、まさに五濁悪世が増幅する事態になっているのである。
 このような地球環境の破壊的事実を前に、個人的な精神的満足を現在完了の形で表現して、すでに救済されているなどと喜んでいるのは、歴史的な事実たる生命存在の危機的事態を見て見ぬ振りをしていることになるのではないか。こういう人間業が生み出してくる罪障性の社会的苦難に、悲しみと慚愧(ざんき)を懐(いだ)きつつ、宗教的な救済を求めることは、どのように可能なのであろうか。
  諸仏の護念証誠(しょうじょう)は悲願成就のゆえであるという。諸仏の護念に遇(あ)うことは、深く罪業を傷むことと無明の闇を担うことを自己自身とする法蔵願心に値遇(ちぐう)することなのだというのではないか。仏道との値遇は、罪障性を忘れた即自的存在肯定であってはならない。現在進行形の罪業の事実と平行する現在進行形の救済表現こそが、現代の宗教的自覚でなければならないのではないか。それは、凡夫の黒闇を引き受け、煩悩の身の痛みを担う因位(いんに)法蔵菩薩の永劫の悲しみを感ずることなのではないか。
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