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研究活動報告
公開講座 親鸞思想の解明
 連続講座「親鸞思想の解明」は、「浄土を求めさせたもの―『大無量寿経』を読む―」の第93回と94回が東京国際フォーラム(有楽町)で行われ、この両回では「三輩段」について、センター所長・本多弘之が問題提起をし、有識者と一般参加者の方々との間で活発な質疑応答がなされた。ここでは、先に行われた第91回から一部を紹介する。 (嘱託研究員 越部 良一)
「浄土を求めさせたもの─『大無量寿経』を読む─」38

信心の能動性

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
■ 「能信」
 金子大榮先生が大変丁寧に教えてくださっているのですが、親鸞という人は全部受動型だと。教・行・信・証、すべて如来の回向(えこう)であり、救済もいただき、全部いただくのだと。これはある意味でよくわかるのですけれども、何か納得できないところがある。つまり、能動性が出てこない。曽我量深先生は、すごく積極的なのですが、それがどこから出てくるかといったら「能信」だと。

 行に対する真実信心というあり方を、曽我先生は「所行(しょぎょう)・能信」という関係だとおっしゃった。

 行は「所行」の法だと強くおっしゃる。「能行」というと凡夫が行ずることになって、自力になりますから、曽我先生は「能行」とおっしゃらない。能は行につかずに信につく、「能信」だとおっしゃる。如来の大悲回向に行ぜられているから「所行」ですが、それを信ずる責任は衆生にあるのだと。衆生が信じなければ、行は衆生にはたらかない。

 欲生心(よくしょうしん)成就の文の始まりは「至心回向」で、これは如来の回向だと。何を回向するかといったら、大行を回向する。大行の回向をいただいたところから欲生心が始まるから、欲生心は衆生のなかに、願いが立ちあがってくるのだと。ここで曽我先生の語り方は、あたかも凡夫が欲を起こすように語るのです。つまり「能」の形で語る。衆生に能動性が出てくるのだと。これがいくら読んでいてもわからなかったのです。なぜ回向であったものが、われわれの能動性になってしまうのか。
■ 深層意識のレベル
 曽我先生の本は読むとさっぱりわからない。わからないけれども、もう一度読んでやろうと、何かすごい活気を与えられるわけです。理性的自己でわかるわけではない。しかし、何かつき動かされるものがある。曽我先生自身も、それを感じながら講演されるものだから、講演しているうちにだんだん興奮してきて、手が上がってきて、声が甲高くなって、それを聞いているほうも興奮してきて、という講演が何回かありました。そのような会座に出遇(あ)うと嬉しくなってしまうのです。何か本願が本当にはたらいてきて、受けとめられた人にはたらき出して動かす。その動かすレベルは、現代の精神分析学的な心理学的言語で言えば、深層意識にはたらく。

 欲生心成就は、どこで成就するかといったら、理性レベルではないのです。聖典にこう書いてありますとか、インドでこう言っていますとか、そういう言葉を集めてきて、はいわかります、というレベルを作り上げるのは学問の世界で、そのようなことを木端微塵(こっぱみじん)に吹き飛ばしてしまうほど深いレベルの体験を起こしてくるのが本願力のはたらきでしょう。

 それと正反対に、現代は合理主義、経済合理性と、全部、知的レベルで計算する。宗教レベルが見えない。そのようなものはないものだと思っている。ないものを信じているのは迷信だと思っている。迷信しかわからないのが現代生活なのですね。
■ 受動全部をもって能動に転ずる
 われわれの発想、つまり一重的自己からすると、不純粋の間は純粋になれない。凡夫であったら金剛になれない。この世を生きているのであるから浄土を生きるわけではない。そのように矛盾するものを分けるわけです。しかし、矛盾するものが出遇う場所が与えられるのだと。能動と受動が矛盾していると思って、受動である限り能動になれない、それでは元気が出ない。曽我先生はどうして能動になれるのだろう。長い間、そのようなわからなさがあったのですけれど、宗教的回心(えしん)が起こるレベルは深層レベルなのだと。如来のはたらきだけれど、それが起こっている事実に気づくのは、それが表層レベルにまで、つまり地中のマグマが下で動いているだけでなくて上まで吹き出てくる、これが能動性になる。はたらきは受動性で受けとめるけれど、出てきたときには能動性になる。こうして、回向の信心なのだけれども、信心に「能信」、「能」ということが出てくる。これが言えるのは、欲生心なのだと。欲生心が回向心だと親鸞聖人が押さえる意味を、曽我先生は、受動全部をもって能動に転ずるのだと、このようにおっしゃるのです。

 曽我先生は、ほとんど叫んでおられるのです。でも、わからない。こちらの耳に聞こえてこない。このようなまどろっこしい経験が長い間あり、もう、曽我先生が亡くなられて45年くらいになるのですが、あの叫びが耳の底にまだとどまっているのです。あの元気がどこから出てきたのだろう。本願からきているのだと、不思議な因縁で、やっと少しわかったというか、頷(うなず)かされてくるようになりました。
(文責:親鸞仏教センター)
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