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研究活動報告
公開講座 親鸞思想の解明
 連続講座「親鸞思想の解明」の第2回から第5回が、いずれも東京国際フォーラム(有楽町)で有識者の方々を招いて行われた。センター所長・本多弘之が、親鸞思想と現代社会の接点をさぐりつつ、第2回では仏教の人間観をめぐって、第3回では浄土とヴァーチャル・リアリティーをめぐって、第4回では超越の問題と近代科学をめぐって、第5回では再び超越をめぐって、それぞれ問題提起を行い、それを受けて有識者の方々との間に活発な意見交換がなされた。第2回の一部をここに紹介する。(越部良一)
「浄土−濁世を超えて、濁世に立つ−」

仏教の人間観をめぐって

親鸞仏教センター所長 本多弘之
■菩提心の復権
 現代が混沌としているとか、方向が分からなくなっているということの一番の問題というのは、人間像がほとんど消え失せているというところにあるのではないかと思います。人間を根源的に鍛え上げていくこの苦悩の娑婆(しゃば)、この苦悩の人生というものの意味を、本当に見直すという智慧をもつことができないままに、経済価値のみが人間の価値であるといったような、戦後の歩みの中で皆さんもご承知のような、経済的人間像が人間だというふうになってしまった。
 現代のどういう領域に関わっているにしても、一生懸命にやっていることの根源的意味に対する自信喪失というようなものがあるのではないか。人間存在自身に対する深い信頼というものが欠落したのではないか。自己自身の根源的な立脚地というものに対する深い、ことばでは表せない深い信頼というようなものが、特に戦後以降の、これから日本を担う人たちにどうも伝えられていない。こういう危機感を私は感ぜずにはおれないのです。仏になろうと歩む存在としての人間像の復権、菩提心(ぼだいしん)の復権、そんなことばで言ってしまいますと、何かちょっと肩をいからすようなことになりますけれども、別のことばで言えば、愚かな煩悩具足の凡夫のままに歩んでいけるということ。そういうことを思うわけです。
■時の中で時を切る
 仏になろうとする意欲が菩提心です。菩提心の復権といった場合、これは自力の菩提心ではない。横超(おうちよう)の菩提心です。自力の菩提心は、自分で縦方向に超えようとする。「横超」とは、横ざまに切ってくる、横ざまに超えていくこと。ある意味で全然超える方向をもっておらず、平面にどんと座っているままである。愚かな凡夫たるわれらは、自分では縦方向に絶対に超えられない。自分で超越などまったくできない。にもかかわらずそこに如来からの、大悲からの根源的な力のはたらきがこの身に感ぜられることで、愚かな凡夫たるままに、超えずして超えるというような、ある意味で超越性が自覚される。
 「横超断四流(おうちようだんしる)」という善導大師のことばを親鸞聖人は大切に取り上げられた。四流というのは生老病死の四つ、あるいはこの人生の中で暴れ馬のごとき欲というのが四つ数えられていて、それを四流という。それを断つ、横ざまに切ると。われらは愚かな凡夫であり、煩悩のままに生きるしかない存在だけれども、十方衆生を救わんとする如来の呼びかけに信頼するという信念、本願の信念をいただくならば、その時に、即時に横超断四流であると、こういう随分思い切った宣言を親鸞聖人はしておられる。この現生(げんしよう)の今の一念一念のこのひとときを、何よりも大切な、一番失ってはならない時として生きることができる原点を、親鸞聖人は「信の一念」とおっしゃった。流れていく時の中にあって、時が止まるような、時が切られるような、そういう時をもつことができるのが信の一念であると。信心がそこに、切断的な時をもつ。時の中にあって時を切るというような意味が、南無阿弥陀仏の一念に立つことにはある。南無阿弥陀仏の一念は生老病死を切ると。
 流転のいのち、流され流され、転がされているような哀れないのちが凡夫のいのちである。凡夫というものは、頑張ろうとしても頑張れないし、たとえ頑張ってみてもくたびれ果てる。状況に流され、煩悩に流され、ある意味で自分というものがもてずに、流され転がされてしか生きられない哀れな存在である。こう言いながら、そういうふうに流されていく時間を断つような力を与えるものが本願の信念だと。本願の信念をいただくなら、凡夫のままに、一挙に仏になることができるような時をもち、生老病死の苦悩の人生を一挙に断つといってもいいような時をもつことができる。この現生の意味の転換、そういうことを、親鸞聖人は力を込めて語ってくださったのだと私は思っております。
■決して死なない信念
 現在の一念一念に、本当の意味で人間存在を見直し、人間存在を深く信頼し直すことのできる視点というものをいただいて生きていける。たとえ何時われわれの人生が終わろうと、永劫に続く意味をもって、未来の不安の一切を現在の一念に断ち切って生きていける。そういうことであるなら、現在のような虚無主義的、刹那主義的な人生観のなかにあっても、その孤独と悲惨の考え方を破って、新たな刹那の絶対的な意味を開いていける。現代にあっても、決して死なない信念として親鸞が呼びかけていけば、きっと響いてくるものがあるのではないかと、そう私は信じているわけです。
(文責:親鸞仏教センター)

※詳細内容は、『現代と親鸞』第2号に掲載しています。
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