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研究活動報告
公開講座 親鸞思想の解明
 連続講座「親鸞思想の解明」は、「浄土を求めさせたもの─『大無量寿経』を読む─」の第59回、60回が東京国際フォーラム(有楽町)で行われ、第59回では「第三十六願と第三十七願」について、第60回では「第三十八願から第四十願」について、センター所長・本多弘之が問題提起をし、有識者と一般参加者の方々との間で活発な質疑応答がなされた。ここでは、先に行われた第56回(第三十一願と第三十二願)から一部を紹介する。
(嘱託研究員 越部良一)
「浄土を求めさせたもの─『大無量寿経』を読む─」

見えざるもののはたらき

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
■ 方便法身
 曇鸞大師が『浄土論註』で阿弥陀仏も阿弥陀仏の国土も「方便法身(ほうべんほっしん)」であるとおっしゃった。この場合の「方便」は『法華経』のいう嘘も方便という方便ではない。浄土を教えて、「法性(ほっしょう)法身」という形ないものを、形あるものとして語って気づかせるのだと。「法性法身に由(よ)って方便法身を生ず。方便法身に由って法性法身を出(い)だす」(『真宗聖典』290頁、東本願寺出版部)と。この二種の法身は別ではない。けれども一ではないと。
 化身土が方便だという場合は、そこに止まってはならないと。そこからさらに本当の願いの世界に帰ってほしいという意味の方便。この場合の方便は、教学用語では「権仮(ごんけ)方便」といいます。これはまさに『法華経』などのいう方便です。方便法身という方便は、人間がそれを失うと、すべてを失ってしまう。だから、それしかない。それを忘れると帰るべき拠点がなくなる。「南無阿弥陀仏」が方便法身であるという場合は、これを忘れたら本願の教えを忘れてしまう。そういう意味の方便。象徴であるという方便なのです。形のないものを形にしている。実体的なものがあるわけではない。人間にとって精神生活というのは、何か具体的な形をとったものを通して形なきものを感じていくことが歩みになると思うのです。そういうことが非常に大事なのだと、つくづく思うのです。
 例えば、一つ譬喩(ひゆ)を出させていただくと、諸仏とは何であるかわからない。でも例えば、あなたのおじいさん、何年か前に亡くなっておられるだろうと。この世にはもう影も形もない。色も臭(にお)いもしない。でも思い起こせば、おじいさんがいたころの姿かたちが現れるだろうと。そう思えば、あなたが今いることもおじいさんのお陰でないかと。そのような話をすれば、ああ、そうだなと何か感ずるわけです。いないものが意味をもって感じられる。おじいさんばかりではない、おばあさんでもよい、亡くなった母親でも、子どもでもどなたでもよいのです。ともかく、そういうないものがはたらくわけです。ないものがはたらくけれども、はじめから何もなければ何もわからない。でも、ある形にすれば、言葉にすれば、ないものが形をもてば、意味をもつわけです。
■ 祖父が怒っているような気がする
 これは半分自慢になるのですが、このたび、親鸞仏教センターがお手伝いして、前田專學先生にお願いして、鈴木大拙英訳の『教行信証』をオックスフォード大学出版局から出版することができました。本当に不思議な因縁で、いろいろな方がバックアップしてくださって出すことができました。
 これをどうしても親鸞仏教センターでやらせてほしいと言って、当時の熊谷宗惠宗務総長にお願いして、取りかかることができたのは、一つには私の祖父(宮谷法含)が大拙先生に『教行信証』を英訳してほしいという手紙を出したということを聞いていたからです。祖父はもう死んでいるけれど、「俺がせっかく頼んでやったのに、大谷派は何しているのだ。初版で出したきり、もう五十年もたって二版も出さん」と、あの辺で怒っているような気がしたのです。祖父は怒りっぽい人で、もう怒るとすごかったのです。祖父が怒っているような気がする、ぜひともやらせていただきたいと言ってお願いしたら、とんとん拍子でことが進んで、これは大拙さんも応援してくれたような気がするし、祖父も後ろから押してくれたような気がするのです。気がするので、実体はどこにもないのです。私が勝手に思っている妄念かもしれませんが、こういう仕事を成り立たせてくれたのです。
 こういうことは不思議なことで、見えないものがはたらくのです。そういう因縁で頼んできたのかと思われて前田先生も引き受けてくださったのではないかと思うのです。英訳を頼んだのは私の祖父なのです、再版をどうしてもやりたいのです、どうか引き受けてくださいと、そう私は言いましたから。前田先生は坂東性純先生の同級生ではないですかと。坂東先生が亡くなられた直後だったのです。坂東先生もこの本を出してほしいと願っておられた。坂東先生から頼まれたと思って引き受けてくださいと。そのような厚かましいことを言うことができたのも、ここに祖父がいて、祖父がしゃべっていると思ってお願いをしました。自分ひとりでやったとは、とても思えない。何か見えざるものがバックアップしているように感ずるとできることもあるのです。
■ みんな他の力
 自分の力で浄土を獲得しようとする要求が残っていると、本当の意味で本願他力のはたらきがいただけない。利用しようとするだけですから。自分がやりたいのだけれど、自分の力が足りないから他に依頼する。この世で通用している他力は、そういう意味です。曇鸞大師が他力という場合は、自分自身を成り立たせるような力を他力という。自分で自分になっているのではない。自分のはたらきはいただいたものだと。
 私などは、このごろ、本当にそう思って仕事をさせてもらっているのです。自分でやっているのではない、嫌でもやらされる。もう嫌だと言っておられない。みんな他の力がやらせてくれている。自分でやろうなどと思ったらくたびれてしまって、とてもやっていられません。しかし、みんなやらせてもらっているのだと思うと、歓んでやれるようになるのです。好きなことならやろう、嫌なことはやりたくないといったら、大概やりたくないのです。我執は煩悩を起こして、好き嫌いばかりを言っているわけです。それが破れると、もったいなくもやらせてもらえるわけです。そういう眼で親鸞聖人のお言葉をいただいていけば、親鸞聖人の教えが少しずつ身に浸みてくるのではないかと、こう思うのです。
(文責:親鸞仏教センター)
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