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研究活動報告
公開講座 親鸞思想の解明
 連続講座「親鸞思想の解明」は、「浄土を求めさせたもの―『大無量寿経』を読む―」の第81回と82回が東京国際フォーラム(有楽町)で行われ、第81回では「自然虚無(じねんこむ)の身、無極(むごく)の体」等について、第82回では「涅槃の清浄性」等について、センター所長・本多弘之が問題提起をし、有識者と一般参加者の方々との間で活発な質疑応答がなされた。ここでは、先に行われた第78回から一部を紹介する。(嘱託研究員 越部良一)
「浄土を求めさせたもの─『大無量寿経』を読む─」

闇と明るみが一体となる

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
■ 私が聞く
 回心(えしん)せずに、つまり心を翻(ひるがえ)さないままにたすかるわけにいかない。だから善導大師は、「謗法(ほうぼう)・闡提(せんだい)、回心すればみな往く」(『真宗聖典』277頁、東本願寺出版部)とおっしゃって、どうか心を翻して欲しいと。これが法蔵菩薩の呼びかけなのだと。それに触れるなら五逆・謗法もたすかるのだと。五逆・謗法ということは、あらゆる反逆者、倫理的な反逆をし、教えに反逆して、素直になれない存在です。そういう存在は一番たすかり難いのだけれど、それをもたすけたいのだと。
 親鸞聖人という方は、そういう言葉を聞いて、もう自分はすぐたすかる、そういう悪い奴もたすかるのだぞという見方をするのではなくて、そういう呼びかけをしているということは、自分自身がそういう存在だと教えられるのだと。謗法・闡提は外にいるのではない。実は自分なのだと。如来の願いが呼びかける相手は私であります、法蔵菩薩の五劫思惟(しゆい)のご苦労は私一人のためでありますと、このように教えを聞いていったのです。
 これはなかなかできないのです。「ああ、よい教えだな。これをあの人にも教えてあげよう」という聞き方をわれわれはしてしまうのです。私が聞くというふうに、なかなか聞けない。われわれはすぐに自分のことではない、人のことになってしまうのです。何のために教えを聞くかというと、自分がたすかるのでなくて、人をたすけにいけるような自分になろうとする。それは名聞(みょうもん)・勝他と言いまして、人に勝つために自分が智慧を身につけるという発想、これは煩悩ですから、煩悩で聞いたのでは元も子もないのです。でも、そういう聞き方しか人間はできないところがある。凡夫ですから。
 そういうことを親鸞聖人は、大変自戒なさったのです。自分のなかに人をたすけようという心が起こらないわけではない。そういう心が起こった場合は、自分は愚かな凡夫なのに有情(うじょう)利益、人をたすけようなどと思うのは思い上がりだと。凡夫だからこそ如来の願いは私に向かって教えてくださるのだと。たすける力をもっているのは、仏陀であり大悲である。自分はたすけていただく。阿弥陀如来の光にみんなたすけていただくのだと。だから自分がそれをいただいているということを人に伝えることはできるけれど、まず自分がいただかなければと、こういう態度を崩さずに、ずっと読まれた。ずっと聞き続けられた。
■ 迷いの自覚以外にさとりはない
 曽我量深という方がおられたのですが、一般に「さとり」と言うと、何か修行をしたり、心を操作したりして、特殊な体験をもつ、「ああ、わかった」というような体験をもつことがさとりだと考える。けれども、人間の身として一人の心をよくよく見てみると、そういう体験をもってたすかるというよりも、いかに深い迷いと煩悩をもって生きているかということを知らされ、迷いを本当に自覚させられるということ以外にさとりはないのだと。何かさとってパッと明るくなったなどという一時的体験は、またすぐ煩悩で暗くさせられますから、煩悩で暗くさせられる状態である身を深く知らされる以外に、つまり迷いの自覚以外にさとりはないのだと、そのようにおっしゃったのです。
 ですから、親鸞聖人にとっては、煩悩具足の凡夫という深い自覚がそのまま、如来の大悲のはたらきを受ける身として、光が当たる場として生きることができるという喜びに変わるわけです。「機の深信」と言われる、曠劫(こうごう)以来迷ってきた身でたすかる手だてはないという自覚が、そのまま、光によってたすかる身であるということと表裏一体なわけです。その裏の暗さを忘れて明るみだけになれるという妄念が、自力の菩提心です。凡夫の愚かさの自覚がないと、明るくなれるような気になるわけです。
 この親鸞聖人の教えというものは、聞き始めたころは何といやな教えだろうと思ったものです。明るくなれればよいではないかと。何でそんな暗いことばかり言うのだろうと。でも、だんだん触れるうちに、なるほど人間の心というものは、何かこうしつこいものだなと。決して本当の明るみになどさせないような意識がうごめいていて、後から後から闇を作っていく。自分で明るくなどできない。如来の大悲をいただいてみたら、闇のままに明るさがいただける。闇と明るみが一体となると言いますか、そういうことが親鸞聖人の喜びなのだとわかってきたのです。
(文責:親鸞仏教センター)
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