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研究活動報告
公開講座 親鸞思想の解明
 連続講座「親鸞思想の解明」は、「浄土を求めさせたもの―『大無量寿経』を読む―」の第91回と第92回が東京国際フォーラム(有楽町)で行われ、十八願成就文について、センター所長・本多弘之が問題提起をし、有識者と一般参加者の方々との間で活発な質疑応答がなされた。ここでは、先に行われた第90回から一部を紹介する。 (嘱託研究員 越部良一)
「浄土を求めさせたもの─『大無量寿経』を読む─」

欲生心は如来の回向心

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
■ 大悲心は深層意識にはたらいている
 第十八願成就文の「願生彼国 即得往生」(『真宗聖典』44頁、東本願寺出版、以下『聖典』)、願生すれば即ち往生を得るということは、欲生(よくしょう)心が成就することだと親鸞聖人はおっしゃる。「欲生」というのは如来が衆生にわが国に生まれんとおもえと、勅命、命令してくださっているのだと。その呼びかけの場所は、実は本願である。本願の場所に来たれと。願生せよというのは、その願いに触れればたすかるのだ。だから曽我量深先生は、「信に死し願に生きよ」とおっしゃった。願生というのは願に生きることだと。

 『教行信証』では「欲生はすなわちこれ回向心なり。これすなわち大悲心なるがゆえに、疑蓋(ぎがい)雑(まじ)わることなし」(『聖典』233頁)と。生まれんとおもえという勅命は、如来が大悲の心をもって衆生に回(めぐ)らし向けようとする心なのだ。その勅命は、如来自身が衆生に全部投げてきてくれる、如来の回向であると。

 このことが私は、読んでも読んでも、どのような意味かわかりませんでした。けれども、結局わかるという理性の対象にはならないのです。われわれの煩悩の心では見えない。衆生の苦悩の闇をみそなわして大悲がはたらく場所は、私たちの存在の根の部分であって、上のほうで浮ついて生きている心の部分からは絶対に見えない。そういうところにはたらき続けている。このごろ、私はこれを「深層意識」という言葉で言ってみてはどうかと思っています。深層意識に大悲心がはたらいている。これは、われわれからは見えない。見えないけれども、私たちに何か勅命としてきていますから、それが何か突き動かして、教えを聞かせたり、本を読ませたり、仏法は何を言おうとしているかと気にかかってくる。そのようなものは、自分で気にかかるというより如来の勅命が動かしてくる。

 欲生心、「わが国に生まれんとおもえ」という呼びかけは、如来の回向心なのだと。如来が私どもに恵んでくださっているお心なのだと。これは十方衆生に呼びかけている。十方衆生は、それに気がつかないで動いているけれども、本当は根にはたらいている。だから、教えを聞いてだんだんわかってくる。自分が生きていたのではない、如来のはたらきを聞けと、そのために私は生かされているのだと、眼が変わってくる。そう変わるのは自分で変わったのではない。如来の大悲の回向心がはたらいているのだと。そのように親鸞聖人は表現されるわけです。
■ 宗教的な転換を「往生」と言う
 欲生心が成就するというから、終わりかと考えたいのですけれど、本願に終わりはないのです。兆載永劫(ちょうさいようごう)の修行に終わりはない。法蔵菩薩は歩み続ける。法蔵菩薩が歩み続けるということは、欲生心が歩み続けるということです。これは、寝ても覚めても私たちをどこかで支え、励まし、聞かしめていくようなはたらきが如来の欲生心であるという教えです。ですから、欲生心が成就するということは正定聚(しょうじょうじゅ)の機となることだと親鸞聖人はおっしゃる。われわれは、凡夫でありながら、間違いなく仏に成る位をいただけるのだと。単に凡夫として悲しい人生を生きているのではない。必ず成仏する、あるいは大涅槃(ねはん)を得る、そういう形で仏教が教えたような、苦悩の命を、苦悩を超えて生きるような智恵、生死即涅槃というような眼を開く智恵が、信心の智恵としてこの人生においてわれわれに与えられるのだということなのです。

 これは、聞いても聞いてもよくわからない所があるのですが、本願に触れるということは、信心をいただくことにおいて生活が変わるということなのです。生活が変わるといっても、やっていることが変わるわけではない。ただ、やっていることを感じている主体が、自分が生きている意味が変わる。そうすると、辛(つら)いなと思って嫌々生きている命がありがたい。このような形でいただいて生きていけるこの一瞬一瞬がありがたいというように仰げるようになる。闇だなと感じていた人生が明るみを感じながら生きられるようになる。そうすると人生が変わるわけです。そのようなものが宗教的な転換です。それを往生と言う。

 現在の相対的状況のなかに新しい眼をもつということは、なかなかわからない。現在進行形的に光に触れつつ生きていけることは、なかなかわからないし、上手(うま)く表現できない。それを親鸞聖人は、どれだけ愚かな身であろうとも、どのような境遇であろうとも、光に遇って生きていくことにおいてその意味が転換されるという宗教的生の喜びを、何とか苦労して明らかにしてくださったのだと思うのです。私としては、そのような宗教的な生命に触れることが、この人生においてあるのだと申し上げたいと思うのです。
(文責:親鸞仏教センター)
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