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研究活動報告
公開講座 親鸞思想の解明
  連続講座「親鸞思想の解明」は、「浄土を求めさせたもの―『大無量寿経』を読む―」の第103回〜105回が東京国際フォーラム(有楽町)で行われ、103回では「菩薩」、「自在」等について、104回では「大慈悲」、「五眼」について、105回では「空にして所有(しょう)なし」等について、センター所長・本多弘之が問題提起をし、有識者と一般参加者の方々との間で活発な質疑応答がなされた。ここでは、先に行われた第102回から一部を紹介する。 (親鸞仏教センター嘱託研究員 越部 良一)
「浄土を求めさせたもの─『大無量寿経』を読む─」42

本願の大きな世界

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
■ あらゆる世界に行く
 「かの国の菩薩は、仏の威神(いじん)を承(う)けて、一食(いちじき)の頃(あいだ)に十方無量の世界に往詣(おうげい)して、諸仏世尊を恭敬(くぎょう)し供養(くよう)せん」(『真宗聖典』52頁、東本願寺出版)。浄土の菩薩は阿弥陀の力を受けることによって、「一食の頃」に、つまり一回食事をする間に、あらゆる世界に行くことができると。このようなことは、有限な身ではできないわけです。
 宮沢賢治の詩(「雨ニモマケズ」)で、“東・西・南・北に行って、病気の人があったら看病したい、疲れた人があったら手助けしたい、死にそうな人があったら怖がらなくていいと言いたい”と、そのように言うでしょう。あれは菩薩の願心と言っても良いと思うのです。けれども、身は一つしかない。そうするとあっちもやりたい、こっちもやりたい、全部やりたいといっても現実にはできない。身が分裂するしかない。でも、願いはある。これは菩薩の願心、大悲心と言うしかない。だから、浄土の教えでは法蔵菩薩の願心でわれわれに呼びかけてくる。では、われわれにできるかといったら、できないわけです。そういうところに悲しさがあるわけです。悲しい、でも世界が開ける。大きな慈悲が呼びかけている世界があるのだと。壁のない仏の大きな世界がある。
 「かの国の菩薩は、仏の威神を承けて」、つまり本願力をいただいて、本願力に託すことにおいて、あらゆる世界にはたらくことができると。これを親鸞聖人は「還相(げんそう)回向」というかたちで教えてくださっているのだと思うのです。われわれが個人でできるはずがない。でも、本願力のはたらきのなかに凡夫が生かされることにおいて、本願力を観じ、本願力を語っていくことはできる。でも、自分が本願力を行ずるなどということはできない。だから、菩薩ですら仏の威神力を受けてできると、こういうことが言われてくるわけです。
■ 本当に満ち足りたもの
 そして、そこに「心(しん)の所念に随(したが)いて」「無数(むしゅ)無量の供養の具、自然(じねん)に化生(けしょう)して念に応じてすなわち至らん」(同上)と。華(はな)やら、香りやら、音楽やら、仏に捧げるような供養の品々が自然に化生する。「化生」というのは、本願力のはたらきにおいてひとりでに生まれてくることです。
 先ほどの例で言うなら、東・西・南・北に違った苦悩の人たちがいる。どっちにも行きたいと言うけれど行けない。そのような状況を生きている命に対して、どうすれば良いのか。どうしようもないのです。大きな慈悲がみんなそれぞれに満ち足りた世界を与えているのだから、お前はまず、お前自身に本当に満ち足りたものを見つけよと。だから、一食の頃に十方無量の世界に行けるというのは、そういう満ち足りたものを本当に見いだしたならば、全部が満ち足りている世界に気づく。気づいたことにおいて、全部が満ち足りていると、こういうことが見えてくる。
 でも、現実にはどこも満ち足りていないではないかと。現実は生老病死ですから、生まれてくるときも大変だし、生きていることも大変だし、さらに亡くなっていく人をたすけるとなれば、それも大変だし、有限な力ではもうどうにもならない。できるところでやるしかない。できるところでやって空(むな)しく過ぎると感じたらどうするのだと、そういう問題です。それに対して大悲の本願は、あなたが要求しているものは既に満ち足りている よと。
■ 「汝、何の不足かある」
 それで、清沢満之があのようなすごい文章を書いたことが感動を与えるのです。あれは、如来の心を自分に呼びかけている語り方だと思うのです。それは「請(こ)う勿(なか)れ、求むる勿れ、汝(なんじ)、何の不足かある。若し不足ありと思わば、是こ れ汝の不信にあらずや」(『臘扇記(ろうせんき)』)と書いておられる文章です。求めたり、どうかくださいと言ったり、そのように求めて如来からくるものではないのだと。お前に何の不足があるのか。このように確認しておられる。何かズキンとくるわけです。何でズキンとくるのかとずっと思っていたのですけれど、こんなことを言われても無理だ、やっぱり不平不満しかないとわれわれは思いながらも、「汝、何の不足かある」というその迫力にすごいと思うのです。あれは結局、本願がわれわれに呼びかけている呼びかけ方だと思うのです。
 それがここでは、菩薩の仕事として、あらゆる諸仏の世界に行って、諸仏を供養して、もうあっという間に全部できますよと。このように本願の大きな世界とわれわれ凡夫の小さな世界とは、別々なようだけれども、実は、個としてそれぞれあること全部を包んで無限であると同時に、一人ひとりに無限が来ている、そういう関係にあると表わしているのだと思うのです。
(文責:親鸞仏教センター)
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