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研究活動報告
英訳『教行信証』研究会
 幾度(いくど)か指摘したとおり、2016年は鈴木大拙没後50年であった。しかし、時間は経過しようとも、大拙への関心が止むことはない。それは、大拙のもつ人間的、そして宗教的魅力が尽(つ)きないことを意味するだろう。当研究会においても、大拙についての最新の学問的成果を視野に入れながら、訳読を進めていきたいと考えている。そして、ゆくゆくは当研究会の議論が、大拙理解の進展に繫(つな)がることが願いである。以下、当研究会で議論となった点について報告する。
諸荘厳とそれらの存続
 ―adornmentsの訳をめぐって―


親鸞仏教センター嘱託研究員
田村 晃徳

■ 「やらなくてはならぬ事業だが」
 大拙は『教行信証』の英訳を当時の真宗大谷派宗務総長であった宮谷法含に依頼された際に、次のような言葉を残している。

親鸞聖人の七百年忌に記念として『教行信証』を英訳せんかと云う話ですが、これは中々の事業、その上、本山の責任でやるとすると、個人的な責任よりも重くなる、やらなくてはならぬ事業だが。

 この言葉からは、自分が指名された事業が、どれほど大きな意味を有するものであるかを十分に理解した、大拙の気持ちがうかがわれよう。「本山の責任」でやる以上、それは後世にまで残る影響ある一冊となる。その点も、感じたうえでの「やらねばならぬ事業だが」という思いに相違ない。
 しかし、大拙はそのような義務感だけで英訳の事業をすすめたのではない。そこには、大拙の使命感があった。

色々の述語に対して、十分の考察を加えてみたい。「教行信証」の文字にしても、教はともかく、行に対するよき英訳はまだなし、信は普通の文字にしておいて、さて証になると、これ亦かんがえなくてはならぬ。自分が従来用いたものにも不満がある。願にもよい訳みあたらず。

 ここからは『教行信証』の英訳という大事業に対する大拙の使命感がみられる。さらに言えば、翻訳のねらいさえも定めていたことがわかるのだ。決して、義務感ではなく達成すべき課題として、大拙は英訳『教行信証』を位置づけていたのだろう。上の言葉を読むと、大拙は『教行信証』の英訳において「行」「証」「願」をいかに翻訳するかについて考察を重ねていたことがわかる。「行」=the great living、「願」=the Original Prayerについては以前に論を試みた。今後は「証」について大拙がどのように考えていたのかについての考察が求められるだろう。

■ 荘厳=adornments
 大拙は曇鸞の『浄土論註』を大切な聖教(しょうぎょう)として読んでいたことが知られている。現在は英訳『教行信証』の「行巻」を読んでいるが、過日の研究会で『論註』の文について議論が行われた。それは「荘厳不虚作住持功徳成就(しょうごんふこさじゅうじくどくじょうじゅ)」をめぐっての議論である。
『教行信証』本文は次のものである(原漢文)。

『浄土論』に曰わく、「何者か荘厳不虚作住持功徳成就、偈に、仏の本願力を観ずるに、遇(もうお)うてむなしく過ぐる者なし、よく速やかに功徳の大宝海を満足せしむるがゆえにと言えり」
(『真宗聖典』198頁)
 この文章を大拙は次のように英訳した。

We read in The Treatise on the Pure Land:
What is meant by “the completion of the merit of the adornments and their subsistence which are not of no purpose.” Says the gāthā: “As I observe the power of Buddha’s Original Prayer, there is nothing in it that is in vain for those who accept it. For it instantly satisfies them with the great treasure-ocean of merits.” (『Shinran’s Kyōgyōshinshō』98頁)

 センターでの試訳は次のようにした。

『浄土論』に言う。「決して虚しくない諸荘厳とそれらの存続という功徳の完成」とはどのような意味か。偈に言う。「私が仏の本願の力をよく観ずると、それを受け入れる者にとって、本願力には無駄なことは何一つない。何故(なぜ)なら、願は即座に素晴らしい宝の海の功徳で満たすからだ」と。

 まだ、試訳の段階なので今後訳の変動はあるかもしれない。今回、議論となったのは「荘厳」を意味するadornmentsがなぜ複数形となっているのか、という点であった。

■ 「諸荘厳とそれらの存続」
 原文は「荘厳不虚作住持功徳成就」となっており、この文章だけでは単数形として読める。大拙が「荘厳」に対してadornmentsと訳すのはこの箇所だけだと思われる。複数形とされている理由について、研究員から「荘厳が複数形となっているのは、荘厳不虚作住持功徳成就単体を述べているのではなく、二十九種荘厳を含めて考えているのではないだろうか」という意見が出された。確かに大拙の翻訳は独特である。荘厳不虚作住持功徳とは通常であれば「不虚作住持功徳」という「荘厳」と読めるだろう。つまり、浄土の荘厳として「不虚作住持功徳」があり、それは二十九種ある中の一つであるという理解がされる。しかし、大拙の訳はthe merit of the adornments and their subsistenceとされている。これは「諸荘厳とそれらの存続」となる。つまり、「諸荘厳の存続」というmerit=「功徳」が完成したという理解なのではないだろうか。二十九種荘厳の中の一つが完成したのではなく、二十九種荘厳全体を保つという功徳が完成したのだ、と大拙は読んだのだろう。それを保つことを可能とするものは何か。それこそが阿弥陀如来の「願」と「力」、そう「本願力」なのだ。
 もちろん、これはまだ確定していない試訳に過ぎないので、変更もあるかもしれない。しかし、当研究会において大拙の翻訳に驚くことはしばしばである。それは、大拙が字句にこだわるのではなく、その裏に流れる躍動性を翻訳に生かしていることに由来する。当研究会は、単に大拙による英訳『教行信証』を読解することだけが目的ではない。英訳『教行信証』の解読を通じ、親鸞の躍動的思索の一側面を教わることも、その目的なのである。

(文責:親鸞仏教センター)

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