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研究活動報告
英訳『教行信証』研究会
 以前も述べたように、2016年は鈴木大拙没後50年であった。大拙は各方面から、その功績を評価されているが、国際性がそこに含まれていることは言うまでもない。そこで、英訳『教行信証』研究会では、マールブルク大学名誉教授であり、国際宗教史学会会長であったマイケル・パイ先生をお迎えし、講義をいただいた。大拙が仏教をいかに西洋に伝えていったのかについて考察する、貴重な講義であった。2016年11月29日に“Suzuki Daisetsu’s Presentation of Buddhism to the West”と題された講義の一部を紹介する。 (親鸞仏教センター嘱託研究員 田村 晃徳)
鈴木大拙のStrategyと、その問題点

マールブルク大学名誉教授
マイケル・パイ氏

■ 翻訳――何を伝えたいのか
 鈴木大拙という方は、翻訳、そしてコミュニケーションの専門家でした。その生涯を通して、仏教的、そして真宗的な考えを広めていきました。
 禅という言葉は大拙の影響でアメリカなど海外に知られてきました。翻訳するという作業は、自分の内面のことをより考えなければなりません。何を翻訳したいのか、というのが問題となるわけです。大拙は禅とはこのようなものである、ということを単に伝えたかったのではありません。大拙も翻訳を通じて、自分のなかにある伝統の――禅宗にしろ真宗にしろ――何を伝えたいのかについて考えていたと思います。とてもおもしろいプロセスです。
 また、私たちもそのような責任がある一人だと思うのです。ですから大拙から習いつつ、その仕事を続けていきたいと思います。

■ エックハルトと禅
 オリエンタリズム(Orientalism)という言葉があります。オリエントは東洋という意味です。そして、オリエンタリズムとは西洋から見た東洋のイメージ、それもある種歪んだイメージのことです。ここでは西洋人が自分の好みにあった東洋を、いわば作り出していると言えます。本当の東洋ではなく、自分の好きなイメージの東洋を描くのです。
 一方でオキシデンタリズム(Occidentalism)という言葉もあります。これは東洋から見た西洋という意味です。日本人なら、日本人がどのように西洋を見ているかということです。大拙は西洋人を見て、西洋人について想像しました。西洋人が何を考えているかについては、大拙の書物にたくさん見いだすことができます。しかし、私は西洋人としてそれらを読むと、必ずしも正しいとは思いません。
 エックハルトという思想家がいました。その思想は区別を超える経験を探していました。教義を言いだすと、いろいろなことを区別しなければいけません。例えば神、人間、罪、そして救いなどです。
 しかし、宗教経験を深めると、そのような区別を超えていきます。禅から見ると、区別をしていくという見方がなくなっていけば、区別をするということが大切ではなくなります。その意味でエックハルトは禅で覚った人と似ているのではないかと大拙は論じました。

■ 大拙の西洋人観の問題点
 問題は大拙が西洋人に禅を説明したいと思うときは、西洋人の考え方は、それとは違うという思いがあったことです。西洋人はいろいろな区別をして考えると。その結果、科学が生まれました。しかし、そのような区別に囲まれることにより自由がなくなってしまうと大拙は思っていました。
 それに対して、禅のほうから見れば区別がなくなり、区別を超えていくというわけです。そのようなメッセージを出しました。そのような主張は、彼の著作によく述べられています。西洋人の考え方は根本的に間違っていると教えました。しかし、そうなると西洋人には禅はわかるのか、という問題になっていきます。それは鈴木大拙の思想の問題点だと思います。大拙は西洋人にもいろいろな考え方があることを知っておいたほうが良かったと思います。東洋人は論理的ではない。また、西洋人は合理的で覚りを得ることはできないという極端な見方はダメだと思います。

■ 大拙のstrategy
 それでは英訳『教行信証』について、少し話していきましょう。鈴木大拙がもともと翻訳した文章は、少し問題があったそうです。あまり使用されなかった訳語が用いられていたそうです。大拙のstrategy(戦略)としては、西洋の概念を受けいれて、そのうえで、それを使って翻訳をするということでした。委員会を作ると、議論をすることになります。しかし鈴木大拙は、翻訳委員会などは作らずに、一人で独創的に翻訳をしていました。
 「本願」と「行」をどのように翻訳するかが問題です。「本願」は、伝統的に“Original Vow”と翻訳されてきました。大拙は“Original Prayer”にしました。西洋人は菩薩が修行して、やがて仏になっていくという、大乗の菩薩の考え方がわかりませんから、Vowもわかりません。ですから、西洋人でもわかるPrayerにしました。しかし、そこには問題があると思います。

■ 「本願」=Prayerの問題点
 本願をPrayerに訳すると、少し広すぎます。またキリスト教のPrayerとも少し違います。Prayerには神に対して「〜してください」という願いの意味もありますが、また「神と一緒にいる」ことを感じるという意味もあるのです。神の滞在を感じる、silent prayerと呼ばれる祈りです。外への祈りと同時に、自分の内面へと感じる祈りもあるのです。中から感じる祈りは、念仏を聞くという感じではないかと思います。それは、私たちが祈るのではなく、聖霊が私たちの代わりに祈るということです。
 大拙がPrayerと訳してしまうと、何を指しているのかがわからなくなるのです。
 ですから、“Original Vow”のほうが良いと思います。西洋人に対して翻訳したいと思って、一つの単語を用いることは失敗すると私は思います。

※マイケル・パイ氏の問題提起と質疑は、『現代と親鸞』第36号(2017年12月1日号)に掲載予定です。


マイケル・パイ(Michael Pye)氏 マールブルク大学名誉教授
哲学者、早稲田大学人間科学部教授
 1939年イギリス生まれ。ケンブリッジ大学クレア・カレッジで現代語学と神学を学ぶ。1961〜1966年日本で教職。ランカスター大学、リーズ大学での宗教学講師を経て1982〜2004年マールブルク大学宗教学教授。退官後、2005〜2008年大谷大学客員教授。国際宗教史学会事務局長、同会長を歴任。仏教、神道及び比較宗教学の調査研究・執筆活動を続ける。The Eastern Buddhist編集長。
 共著に、『仏教とキリスト教の対話』〈機銑掘咫2000〜2004年、法藏館)など。
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