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研究活動報告
英訳『教行信証』研究会
 英訳『教行信証』研究会は親鸞仏教センター設立当初から続いている。鈴木大拙により英訳された『教行信証』を読むということは、大拙の浄土教理解を知るのみならず、親鸞の思想をいかに現代に、そして世界に伝えていけるかを問うことでもある。今回は、最近の研究会で議論された特徴的な英訳や、外部の先生をお招きしての研究会について報告する。
「罪深き人間」と「障りなき念仏」

親鸞仏教センター嘱託研究員 田村 晃徳
 前回、本研究会について報告したのは2012年のことである(『親鸞仏教センター通信第40号』参照)。その報告以降で特記すべき出来事があったので、まずはそれから報告しなければならない。それは英訳『教行信証』の再版である。長らく絶版状態にあったが、親鸞聖人七百五十回御遠忌の記念事業として再版が決まったのである。特に、今回の再版においては表紙に“Edited by The Center for Shin Buddhist Studies”と明記してあるように、親鸞仏教センターが編集している。東京大学名誉教授であり公益財団法人中村元東方研究所理事長の前田專學先生を中心に編集が行われた。詳細は『現代と親鸞』第24号に詳しいので、そちらを参照していただきたい。
 それでは大拙の特徴的な訳文を見ていこう。いくつかにその特徴は分類することができる。その一つに文意をはっきりさせ、その文章がもっている思想的意味を明確にすることが挙げられる。前回の報告では念仏について確認したのだが、今回は人間と法について述べてみたい。現在は聖道諸師の文章を主に読んでいるので、そこからの引文である。たとえば「借問(とう)、今生(こんじょう)の罪障多し、いかんぞ浄土にあえて相容(あいい)らんや。報(こた)えて道(い)わく、名(みな)を称すれば罪消滅す。たとえば明燈(みょうとう)の闇中(あんちゅう)に入るがごとし」(『真宗聖典』181頁、東本願寺出版部)を大拙は次のように訳す。

When we are such sinners as we are in our present life,
How can we be in accord with the Pure Land?
I say: when the Name is pronounced, sins are effaced,
As a bright lamp is brought into the darkness.

 これをセンターでは「現世において、これほど罪深い私たちが、どうして浄土にふさわしい身となることができるのか。名が称えられたならば、罪は拭(ぬぐ)い去られる。ちょうど、灯火の明かりが暗闇に差し込むように」と訳した。この英訳の特徴は西本願寺が出版した“Collected Works of Shinran”(以下CWSと略称)を参照すると明らかになる。

Question: Countless are the acts of karmic evil in this life that obstruct you;
How can one such as you enter there?
Answer: When we say the Name, our karmic evil is eradicated;
It is like a shining lamp entering the dark.
(傍線筆者)

 下線部が「今生の罪障多し」に該当する。大拙の“When we are such sinners as we are in our present life”と対比するとその違いがわかる。大拙が「現世において、これほど罪深い私たちが」とあるように「罪障多し」を人間の存在に充てている。一方でCWSは“Countless”とあるように「いかに罪障が多いか」という「罪障の数」に焦点を当てている。このように、大拙は人間がいかに罪障深き存在であるのか、そしてその人間の罪も仏の名にとっては障りとならないことを述べているのである。
 同様に次の文章も確認してみよう。「また云わく、いわんや我が弥陀は名(みな)をもって物を接したまう。ここをもって耳に聞き口に誦(じゅ)するに、無辺の聖徳、識心に攬入(らんにゅう)す。永く仏種となりて、頓(とん)に億劫の重罪を除き、無上菩提を獲証(ぎゃくしょう)す。信(まこと)に知りぬ、小善根(ぜんごん)にあらず、これ多功徳なり」(『真宗聖典』186頁)という文がある。この「信に知りぬ、少善根にあらず、これ多功徳なり」を大拙は次のように訳す。

I truly know that [such a wonderful thing] can never happen to those who are deficient in the stock of good merit. It is all due to the nembutsu, which is full of merit.

 これをセンターでは「このような素晴らしいことは、よい功徳の蓄えが不足している人々には、決して起こり得ないことを、心の底から知った。それは全て功徳が満ちている念仏によるのである」と訳した。この英訳では少善根を「人々」に、多功徳を「念仏」に配して訳している。この訳に対して、CWSは次のように訳していた。

I know truly that the Name possesses not scant roots of good, but inexhaustible roots of good.

 この文章を見ればすぐにわかるように「少善根多功徳」共に阿弥陀の名号について述べており、その点で大拙と大きく異なる。『教行信証』原文を見ると、何らの説明もされていないのだが、大拙はこのように訳すことによって、人間と念仏との関係を示しているのだろう。つまり善根少なき人間であっても、念仏=法は必ず摂取するということを表しているのだ。  これらはほんの一例であるが、大拙訳に独特の視点が見られることは間違いない。それらの訳文は『教行信証』の直訳ではなく、大拙の一つの解釈となっているのである。つまり、英訳『教行信証』を読解することは大拙における親鸞思想の理解を学ぶことなのである。

 また、外部から講師を招聘(へい)しての研究会も行った。2015年3月6日に大谷大学非常勤講師(当時)であったマイケル・コンウェイ氏をお呼びして講義をいただいた。当日は「阿弥陀の琴と大行―親鸞と大拙の理解をめぐって―」とのテーマのもと、大拙の「大行」理解について講義が行われた。氏は“Great Living”という大行理解の背景や、「不可思議」「自然」と大行との関連について述べられた。詳細は『現代と親鸞』に掲載予定であるが、氏の熱心な講義に応答するように、活発な質疑がなされたことも最後に付言しておきたい。
(文責:親鸞仏教センター)

マイケル・コンウェイ氏の講義と質疑は、『現代と親鸞』第32号(2016年3月1日号)に掲載しています。

■マイケル・コンウェイ(Michael Conway)氏  大谷大学非常勤講師
 1976年米国シカゴ市生まれ。1997年米国イリノイ州ノースウェスタン大学卒業。2003年大谷大学大学院修士課程真宗学専攻入学。2009〜2011年大谷大学助教。2011年より同大学非常勤講師。2011年大谷大学大学院にて博士号修得。2011〜2015年東方仏教徒教会編集者。現在、大谷大学文学部専任講師。専門は真宗学。
 著書に『信の源泉を尋ねて―真の価値観を求める歩み―』(2015年・響流ブックレット・kindle版)。翻訳書に『生きる力を求めてGive Me the Power to Live―中村久子の世界』(2011年・東本願寺出版部)。  2011年12月13日に「英訳『教行信証』研究会」にご出講いただき、「「如実修行相応」としての大行―鈴木大拙訳『教行信証』「行巻」管見―」をテーマにご講義いただいた。その詳細は『現代と親鸞』第24号に収録されている。
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