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研究活動報告
清沢満之研究会
第5 回「清沢満之研究交流会」報告

井上円了と清沢満之
 井上円了と清沢満之。共に東本願寺の留学生として東京大学哲学科で学んだ二人は、それぞれ仏教の近代化に大きく貢献した人物として知られている。一方の井上円了は、真宗寺院の長男として生まれながら、大学卒業後は宗門を離れて独立して活動した。他方の清沢満之は、武家の家に生まれながら宗門に見出され、大学卒業後は宗門改革運動や宗門教育に従事した。対照的な歩みを辿ったとも言えるこの両者は、円了の哲学館の設立に清沢が深く関わっていたことにも示されているように、共通の課題を有してもいた。また、哲学的営みを通して自身の思想や信仰、活動を練り上げていったところにも共通性がある。

 そこで今回の「清沢満之研究交流会」では、2019年の井上円了没後100年にあわせて、井上円了と清沢満之を比較対照しながら、両者が近代の仏教史・思想史において果たした意義をあらためて考えた。以下、それぞれの発表要旨と、それに対するコメント、および質疑応答の一端を報告する。 (親鸞仏教センター研究員〔当時〕 長谷川 琢哉)
■ 研究発表
Ⅰ 「井上円了と清沢満之」
     ――仏教の近代化と「哲学」――


長谷川 琢哉(親鸞仏教センター研究員)

 井上円了と清沢満之は、自身の仏教的な思想・信仰・実践を練り上げる上で、それぞれが東大で学んだ「哲学」を積極的に用いている。しかし、清沢が円了の試みをしばしば批判的に見ていることからもうかがえるように、両者においては「哲学」の役割や意義が異なるようにも見える。そこで本発表では、円了と清沢にとっての共通の背景である明治中期の東本願寺の教学機構へと遡り、両者が東本願寺の留学生としていかなる課題を担っていたのかを確認した。そこから見えてきたのは、仏教をひとつの「宗教」として位置づけるための「哲学」の役割である。円了と清沢にとって、哲学は「宗教」という固有の領域を切り開くために不可欠なものであった。しかしその上で両者にはそれぞれ異なる問題意識があり、そこから思想と実践における強調点の差異が生じていく。

 本発表が取るこうした視点は、後年、教育活動へと重点が置かれるようになる両者の活動を比較するに際しても、有用なものとなるだろう。
Ⅱ 「井上円了と清沢満之」
     ――宗教と信の問題を焦点として――


星野 靖二(國學院大学研究開発推進機構准教授)

 本報告は井上円了と清沢満之を、宗教をめぐる同時代的な文脈に位置付け、それぞれがどのような「画期」をなしたのかについて検討したものである。明治前期から中期にかけて、仏教徒はキリスト教徒と競合しながら自らを弁証する必要に迫られており、知識人教化が一つの課題となっていた。そうした状況において合理的宗教論が要請され、井上円了は哲学的宗教として仏教を論じることでこれによく応え、一つの画期をなした。これに対して、やがて古河老川(ふるかわ・ろうせん)のように合理的宗教論の限界を指摘し、その批判的乗り越えを試みる論者が出てくる。

 そのような時代状況を背景として、清沢満之は合理的宗教論を経由した上で、あえてそうではない形で自らの信を語った。こうした清沢の議論に対しては、例えば主観的に過ぎるといった批判が同時代においても出されたが、それでも自我の問題に悩む青年などに積極的に受け入れられることになる。その意味で清沢は実存的宗教論を提示し、共有することによってまた一つの画期をなしたと論じた。
Ⅲ 「井上円了と清沢満之」
    ――絶対・相対の関係と『大乗起信論』――


佐藤 厚(専修大学ネットワーク情報学部特任教授)

 絶対・相対とは哲学、宗教において世界を捉える際の基本的な枠組みである。日本の明治時代の仏教哲学においては『大乗起信論』をもとにして「真如即万法、万法即真如」という形で実在(絶対)と現象の世界(相対)との一致が説かれた。本発表では井上円了と清沢満之の二人が、この『大乗起信論』の絶対・相対の関係をどのように解釈したかを検討した。

 結論は次の通りである。真如と万法との関係を、円了は基本的に発生論的、因果論的に解釈し、真如一元論ともいえる思想を示す。それに対して清沢は、両者を因果論で解釈することを批判して同時並立的に解釈するほか、真如縁起を浄土教の文脈に適用させる。両者の学問背景はほぼ同じであるが、このような違いが生まれたのは、真如論を基にした仏教体系の構築を目指した円了と、浄土教の哲学化を目指した清沢という思想課題の違いがあると考察した。
■ 全体討議

司会 名和 達宣(真宗大谷派教学研究所研究員)
コメンテーター 岡田 正彦(天理大学人間学部教授)

コメント 今回の研究交流会では、清沢満之と井上円了が学んだ哲学の共通性と構築した思想の差異(長谷川)、合理的宗教論と実存的宗教論のそれぞれの「画期」について(星野)、二人の『大乗起信論』の読解の差異(佐藤)というように、どの発表も二人の思想家の同時代性を意識しながら、両者のスタンスの差異を浮き彫りにしている。

 このため、コメントの冒頭に近代の仏教思想に共通する重要問題の一つであった「須弥山説」に対する二人の見解を紹介し、両者の仏教思想の「近代性」について問題提起をした。真如から世界を考える井上円了と信の一念から世界を見る清沢満之の須弥山説の違いは、社会教育と宗派教育、合理的宗教論と実存的宗教論、仏教哲学の体系化と浄土信仰の哲学的基礎づけといった、シンポジウムで強調された両者のスタンスの差異とも連動しているのではなかろうか。
■ 研究交流会を終えて
 今回の研究交流会で、発表および討論を通じて、井上円了と清沢満之の共通性と共に、その対照性が深く掘り下げられたように思う。両者は東京大学で哲学を中心とした西洋近代の学問を学び、また同時に『大乗起信論』のようないわゆる「印度哲学」、あるいは仏教の「余乗」を学んだ。そうした学習は、円了と清沢それぞれの仏教思想の形成にも大きく反映している。しかしながら他方で、東大卒業後の井上円了が、哲学館を中心に、より「通仏教」的な方向性を推し進めたのに対して、清沢は真宗的な方向性、あるいは「他力門」的な方向性を明確化していくことになる。討論の中では、こうした円了と清沢の仏教に対するアプローチの共通性と差異が確認され、さらにそのことが、明治期の仏教界全体の動きとも関係づけられた。すなわち、明治初期から中期にかけては「通仏教」的なものが重視されていたのに対して、明治後期からは徐々に宗派性が再び強調されていくようになるということである。

 そして討論では、そこから円了と清沢のそれぞれの教育活動の内実にも議論が及んだ。哲学館と真宗大学は近しい位置にありながら、ある意味では対照的な性格を有しており、ここにも通仏教性と宗派性という差異が際立っている。今回の交流会では、井上円了と清沢満之を共通の土台から見直し、そこから両者がそれぞれの課題を深めていく様が明らかになった。また、井上円了と清沢満之を並べた場合、ともすれば清沢の方に強調点が置かれがちだが、今回の交流会では、むしろ近代仏教史における井上円了の重要性に光を当てることが出来たのは大きな収穫となった。井上円了の没後100年という年に、あらためて円了と清沢を比較するという試みは、今後の研究を活性化させるという意味でも意義のあるものになったのではないだろうか。

(親鸞仏教センター研究員 長谷川 琢哉)

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