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研究活動報告
聖典の試訳:『唯信鈔文意』研究会
 「『聖典の試訳』(現代語化)」研究会では、『歎異抄』に続き、親鸞聖人が晩年に著(あらわ)した『唯信鈔文意(ゆいしんしょうもんい)』に取り組んでいる。『唯信鈔』は、同じ法然上人門下の先輩である聖覚(せいかく)の著である。生涯の師、法然の教えをそのままに伝えるこの書を、親鸞は非常に大切にされた。その『唯信鈔』に引用されている経釈の要文(ようもん)を取り上げ、注釈を加えたもの、それが『唯信鈔文意』である。
 奥書によれば、『唯信鈔文意』は「文字(もんじ)のこころもしらず、あさましき愚痴(ぐち)きわまりなき」ひとびと、すなわち”いなかのひとびと”に向けて著された書である。現代に照らしてみるとき、この「文字のこころもしらず、あさましき愚痴きわまりなき」人びととは、いったい誰を指すのだろうか。その”いなかのひとびと”が、『唯信鈔文意』においては”われら”と語られ、親鸞自身と同一視されている。
 親鸞は語りかける。その言葉に、まずは”ひとり”耳を澄ましてみたい。
 (なお、現代語化に際しては、重ねられた議論とその臨場感を少しでも伝えたいという願いから、試訳にあたって特に焦点となった原文の一部を抜粋し、「試訳をめぐって」として併記していきたい)(嘱託研究員 法隆誠幸)
『唯信鈔文意』試訳 1 >> PDF版はこちら
原文
 「唯信抄(ゆいしんしょう)」というは、「唯(ゆい)」は、ただこのことひとつという。ふたつならぶことをきらうことばなり。また「唯(ゆい)」は、ひとりというこころなり。「信」は、うたがいなきこころなり。すなわちこれ真実(しんじつ)(1)の信心なり。虚仮(こけ)はなれたるこころなり。
現代語訳
 『唯信鈔』の「唯」は、”ただこのことひとつ”をいう。二つ並ぶことをきらう言葉である。また「唯」は、”独(ひと)り”という意(こころ)である。「信」は、疑いのない心である。すなわち、真実の信心である。虚仮を離れた心である。
 「虚(こ)」は、むなしという。「仮(け)」は、かりなるということなり。「虚(こ)」は、実(じつ)ならぬをいう。「仮(け)」は、真(しん)ならぬをいうなり。本願他力(たりき)(2)をたのみて自力(じりき)(3)をはなれたる、これを「唯信(ゆいしん)」という。
 「虚」は”むなしい”ということ、「仮」は”かりである”ということである。「虚」は”実ではない”ということ、「仮」は”真ではない”ということである。阿弥陀如来の本願のはたらきをこの身にいただいて、有限な自分であるにもかかわらず、その努力で何でもなし得ると思うこころを離れたあり方、これを「唯信」というのである。
 「鈔(しょう)」は、すぐれたることをぬきいだし、あつむることばなり。このゆえに「唯信鈔(ゆいしんしょう)」というなり。また「唯信(ゆいしん)」はこれ、この他力(たりき)の信心のほかに余(よ)のことならわずとなり。すなわち本弘誓願(ほんぐぜいがん)なるがゆえなればなり。
 「鈔」というのは、すぐれた言葉を選びとって集めるという意味の語である。それで「唯信鈔」という。また「唯信」とは、無限大悲に育てられ目覚めたこの他力の信心を生活の依りどころとして、その他のことを依りどころとしないということである。それは、この他力の信心をもって、生きとし生けるものすべてを救いとろうと誓うのが、阿弥陀如来の本願だからである。
(原文は、東本願寺発行の『真宗聖典』を参照した)
語注
(1) 【真実】「浄土和讃」には、左訓(さくん)として、「真実」に「シントイフハ イツハリヘツラハヌヲシントイフ シチトイフハ カナラスモノゝミトナルヲイフナリ」とある。「モノゝミトナル」とは、人間の内実となるということ。
(2) 【他力】親鸞は、他力について「他力(たりき)と言うは、如来の本願力(ほんがんりき)なり」(『教行信証』「行巻」『真宗聖典』一九三頁)と述べている。
(3) 【自力】親鸞は、自力について「自力(じりき)というは、わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根(ぜんごん)をたのむひとなり」(『一念多念文意(いちねんたねんもんい)』『真宗聖典』五四一頁)と述べている。
(訳・語註:親鸞仏教センター)
試訳をめぐって
原文
「本願他力をたのみて自力をはなれたる」
現代語訳
 「阿弥陀如来の本願のはたらきをこの身にいただいて、有限な自分であるにもかかわらず、その努力で何でもなし得ると思うこころを離れたあり方」
 「本願他力をたのみて自力をはなれたる」。この現代語化を検討するなかで、「世界は自分の範囲内だ、という自意識がひっくりかえる」ということが語り合われた。自分の力をどこまでも有効だと執着するこころ、それを自力と言う。大きな因縁のはたらきの中にあることを見失い、自己責任という言葉が堂々とまかり通る「現代」。それは、自力全盛の時代なのかもしれない。
 「(本願他力を)たのむ」という一語こそ、”唯信”の内実である。それをいかに現代語訳へと盛り込んでいくか。単に依存するのでもなく、一心不乱に努力するのでもない、”いま”というニュアンス、”自覚”という意味も込めて、「阿弥陀如来の本願のはたらきを<この身にいただいて>」と試訳をつけた。
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