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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んできた。「化身土巻・末巻」には大部の引用として、法琳『弁正論』(べんしょうろん)がある。現在は、第19回報告で引用文を四つに分けたなかの第二段落を考察している。今回はその第二段落の3つ目の引用になる引用⑨の議論の前半を見ていく。
 『弁正論』引用の読解 Ⅹ ―信仰における仏陀との感応―
 元親鸞仏教センター研究員  藤原 智

■ 引用⑨に記される「建造像塔」というテーマ
 引用⑨は九箴篇第二箴からの引用になる。ただし、引用⑧と同様に、ここでも外教側の主張と仏教側の応答の前半は引用されていない。にもかかわらず、引用⑧と⑨の間に「乃至」という省略を示す言葉は記されない。それは、この引用⑨は引用⑧との直接の繫(つな)がりがあり、かつ引用⑦からの一連の課題であることを意味するのであろう。
 ところで奇妙なのは、引用⑨の冒頭に「内には像塔を建造す。指(おしう)る二。」(『真宗聖典』393頁)と、第二箴の表題を掲げることである。それは引用⑨が「建造像塔」というテーマであることを明確にするものである。⑧の場合「周世無機」という第一箴の表題は記されなかったのであるから、この「建造像塔」という表題は必然性があって記されたのだと考えられる。しかし「建造像塔」が親鸞にとって重要なことなのであろうか。法然の『選択集』には、「造像起塔等の諸行をもって往生の本願となしたまわず」(『真聖全』1-945頁)とあり、「造像起塔」は弥陀の本願ではないと明確化されていた。そのことを十分承知しているはずの親鸞が「建造像塔」にいかなる意義を見いだしているのか。(一々指摘はしないが、引用文は親鸞の自筆本に従い適宜『真宗聖典』の記述を訂正した文を示す)

■ 「建造像塔」として現れる仏陀との感応

漢明(かんめい)より已下、斉(せい)・梁(りょう)、王・公・守牧(しゅぼく)、清信士(せいしんじ)・女、および比丘・比丘尼等に訖(お)う。冥(みょう)に至聖(しせい)を感じ、国に神光を覩(み)る者、おおよそ二百余人。 (『真宗聖典』393頁)

「漢明」とは後漢の明帝を指す。これは仏教が正式に伝来したとされる時代(西暦67年)を意味するが、漢の明帝が夜に金人の夢を見たことから仏教が中国に招来されたという伝説に基づく。そしてそれ以降、身分の区別なしに二百人余りの人々が、陰に陽に仏陀の存在を感得してきたという。それは、原文の文脈では、中国には仏陀に出逢った者はいないではないかという外教の批判に応えるものである。
 そして、次にその具体例が八つ示される。


迹(あと)を万山(ばんざん)に見、耀(ひかり)を滬瀆(ことく)に浮かべ、清台の下(もと)に満月の容(かたち)を覩、雍門(ようもん)の外に相輪の影を観るがごときに至りては、南平は応を瑞像(ずいぞう)に獲、文宣は夢を聖牙(せいが)に感ず。蕭后(そうこう)一たび鑄(い)て剋成(こくせい)し、宗皇(そうこう)四たび摸して就(な)らず。その例はなはだ衆(おお)し。つぶさに陳(の)ぶべからず。
あに爾(なんじ)が無目をもって、かの有霊(ゆうれい)を斥(きら)わんや。 (改行筆者、『真宗聖典』393頁)
これら八つの例は、仏陀が中国に応現したことを示す記述である。
 『弁正論』原文では、「漢明より」の直前に「干宝の『捜神』、臨川の『宣験』、及び『徴応』、『冥祥』、『幽明録』、『感応伝』等の如きは」とあり、これらの書物に典拠があるとも考えられるが、ともかく八つの例はすべて慧皎(えこう)の『高僧伝』に見ることができる(『高僧伝』の詳細は、吉川忠夫・船山徹訳『高僧伝』全四冊、岩波文庫、2009~2010年参照)。なお『高僧伝』での典拠を挙げれば「迹を万山に見る」(釈道安伝)、「耀を滬瀆に浮かぶ」(釈慧達伝)、「清台の下に満月の容を覩る」(竺法蘭〔じくほうらん〕伝)、「雍門の外に相輪の影を観る」(摂摩騰〔しょうまとう〕伝)、「南平は応を瑞像に獲」(釈僧護伝)、「文宣は夢を聖牙に感ず」(釈法献伝)、「蕭后一たび鑄て剋成す」(釈法悦伝)、「宗皇四たび摸して就らず」(釈法悦伝)である。ただし。竺法蘭と摂摩騰に関する記述は、法琳『破邪論』では『魏書』から引用されている(『大正蔵』52-479a)。
 親鸞は途中で、「至如(ごときに至りては)」の言葉で、四つのエピソードずつ前後二つに分けている。この点について、例えば藤場俊基が「途中で切ることによって特別な意味になっているようには見えない」(『顕浄土方便化身土文類の研究―『弁正論』―』118~119頁、文栄堂、1991)と述べているように、積極的意味を見いだす見解はない。もし意味を見いだすとすれば、竺法蘭と摂摩騰の伝記は先の「漢明」、つまり仏教初伝の関わることであるから、そこに区切りをつけたのかもしれない。
 さらに、後半の四つは全て『高僧伝』巻第十三興福篇に出るものである。その興福篇は、最後に「それ法身は像無く、感に因るが故に形あり。感見に参差あり。故に形にまさに殊別あるべし」(『大正蔵』50-413a)と結論される。この理解を踏まえるならば、仏の法身は姿形をもたないけれども、それぞれの感応によって瑞像といったさまざまな形を現すのだ、ということをこの文は示している。福永光司が「こういう風に信仰心が篤ければ仏陀との間に感応作用が成り立つという沢山の例が文献にちゃんと記録されている」(『弁正論講義』272頁、九州教学研究所、2003年)と述べるように、そこには信仰心の有無が問われているのである。ちなみに「法身は像無く」という言葉は、「証巻」で還相回向の証文として引かれる『浄土論註』に、僧肇の言葉として「法身は像なくして形を殊にす」(『真宗聖典』289頁)とある。
 そして、最後に「あに爾が無目をもって、かの有霊を斥わんや」と、どうして自分に見る眼がないからといって、彼らが感得した仏陀の霊妙なはたらきを否定できようか、と述べていく。これは引用⑧で、仏陀の教えは伝わっているのにそれを正しく見ることができないとして「爾、知る所に非ず。その盲、一なり」と結ばれた、外教者に向けた批判と通底するものである。

■ 「建造像塔」と「真影の図画」
 親鸞は引用⑨に「建造像塔」という表題を記すが、その意味は以上の確認から確かめられよう。つまり、それは『選択集』に言われるような一つの善行、往生の条件としての「建造像塔」ではない。そうではなく、ここで語られているのは信仰において感得される仏陀の応現の事実である。
 それは『教行信証』での一つの重要なエピソードを想起させる。すなわち、本報告第24回で、引用⑤との関連で言及した「真影の図画」である。親鸞は『教行信証』後序において、「雑行を棄てて本願に帰す」(『真宗聖典』399頁)という信仰の確立を語ると共に、『選択集』の書写が許され、さらに法然の真影を図画したことを感激をもって記す。このように、親鸞にとって真影の図画が非常に重要な意味を持っていた。 さらに、親鸞は法然を讃えて、次の和讃を作っている。

源空光明はなたしめ 門徒につねにみせしめき
 賢哲愚夫(けんてつぐぶ)もえらばれず 豪貴鄙賎(ごうきひせん)もへだてなし (『真宗聖典』499頁)

親鸞を含め、身分の上下なく多くの人が、法然のうえに光明を見いだした。それは、「漢明より已下」「神光を覩る者、おおよそ二百余人」という引用⑨の初めの記述と重なってくるのである。その点からするならば、真影の図画とは、法然として現前する阿弥陀仏との感応の証明にほかならなかったのである。この引用は、親鸞にとってそれだけ重大な意義があるものだと言えよう。
 そして、この「建造像塔」が後序の真影の図画に対応するならば、繰り返しになるが、それは同時に法然の教えを邪宗と言わざるをえなかった延暦寺に対して、「あに爾が無目をもって、かの有霊を斥わんや」との言葉を向けたものという意味ももつことになるであろう。

 なお考察に含むことができなかったが、越部良一嘱託研究員よりこの「建造象塔」を「第四の五百年には、塔寺を造立し福を修し懺悔すること堅固を得ん」(『真宗聖典』359頁)といわれる、『大集経』の五五百年説との関連を考えるべきとの指摘があった。つまり、それは「造寺已後は並びにこれ末法なり」(『真宗聖典』361頁)とも言われるように、末法の時代にあって生きた仏法があることを語ろうとしているのではないか、ということである。このことを最後に付言しておく。

※『弁正論』引用の全体については『現代と親鸞』第31号(2015年12月1日号)に論文として掲載しています。(出版物紹介のページから見ることができます)

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