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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んできた。これまで「化身土巻・末巻」における諸典籍の引用を尋ね、そのことを踏まえて「後序」と呼ばれる箇所について検討を行っている。前回まで、いわゆる承元の法難と法然からの付嘱の記述を確かめてきた。今回はそれに続く箇所を見ていく。
 親鸞が担った課題―「化身土巻」の帰結としての「後序」⑤―
 元親鸞仏教センター研究員  藤原 智

■ 「後序」の位置づけ
 これまで「後序」について、いわゆる承元の法難と法然からの付嘱の記述を確かめてきた。それらの記述は過去の親鸞自身の文章の転載から成り立っており、古田武彦はそれを「初期文書の部」と位置づけたうえで、今回考察する「慶(よろこ)ばしいかな」以降のみが「後序」と限定指称されるべきことを指摘していた(本報告第44回参照)。名称の是非はともかく、今回考察箇所はこれまで記された親鸞が経験した出来事を受けたうえで、親鸞自身が『教行信証』を執筆することの意義を表明する箇所として理解できよう。
 またこの箇所は、以下に見るように四六駢儷文(しろくべんれいぶん)という非常に整った文章になっている。

慶哉、樹心弘誓仏地、流念難思法海。深知如来矜哀、良仰師教恩厚。慶喜弥至、至孝弥重。
因茲、鈔真宗詮、摭浄土要。唯念仏恩深、不恥人倫嘲。
若見聞斯書者、信順為因、疑謗為縁、信楽彰於願力、妙果顕於安養、矣。 (『真宗聖典』400~401頁)

このように整えられた文章は、「総序」「別序」と並ぶ重要な意味合いが託されたものと了解できるのである。では、次にその内容に入っていこう。

■ 得べきことを得たる喜び
 『教行信証』に「慶ばしいかな(慶哉)」という表現は二回登場する。一度はこの「後序」であり、もう一度は以下の「総序」である。

ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしいかな、西蕃(せいばん)・月支(がっし)の聖典(しょうでん)、東夏(とうか)・日域(じちいき)の師釈、遇いがたくして今遇うことを得たり。聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。真宗の教行証を敬信(きょうしん)して、特(こと)に如来の恩徳の深きことを知りぬ。ここをもって、聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。 (『真宗聖典』150頁)

ここでは「愚禿釈親鸞」という名が出され、「慶ばしいかな」と語られる。それは遇いがたき教えに今遇うことができたという感慨を述べたものである。さらにこの一段は「聞くところを慶び(慶所聞)」という言葉でもう一度「慶び」が語られるが、これは「信巻」に引かれた以下の曇鸞『讃阿弥陀仏偈』の本願成就文相当の文の言葉が典拠である。

あらゆるもの阿弥陀の徳号を聞きて信心歓喜して聞くところを慶ばんこと、いまし一念におよぶまでせん。 (『真宗聖典』214頁)

この点からすれば、親鸞が「慶び」と語るのは信心獲得(ぎゃくとく)における教えを聞きとった事実を指すとも言えよう。
 その「信巻」には、この「慶」の字を用いる『無量寿経』の次の言葉が二度引かれる。

法を聞きてよく忘れず、見て敬い得て大きに慶ばば、すなわち我が善(よ)き親友(しんぬ)なり。 (『真宗聖典』212、245頁)

釈尊に「善親友」と呼びかけられる際の、この「見敬得大慶」は「正信偈」にも転用される重要な言葉であるが、それについて『尊号真像銘文』で親鸞自身の次の註釈が記される。

大慶は、おおきにうべきことをえてのちに、よろこぶというなり。 (『真宗聖典』532頁)

ここに「慶び」が「得べきこと(信心/聞法)を得て後によろこぶ」ことを意味すると示される。「慶」の字に対する同様の注釈は『一念多念文意』(『聖典』539頁)・『唯信鈔文意』(『聖典』555~556頁)・『御消息集』(『聖典』570頁)などでも繰り返される。
 さらに確認したいのが善導『観経疏』の二河譬(にがひ)の次の一節である。

一心に直ちに進みて道を念じて行けば、須臾(しゅゆ)にすなわち西の岸に到りて永く諸難を離る。善友(ぜんぬ)あい見て慶楽(きょうらく)すること已(や)むことなからんがごとし。  (『真宗聖典』220頁)
今二尊の意(おんこころ)に信順して、水火二河を顧(かえり)みず、念念に遺(わす)るることなく、かの願力の道に乗じて、捨命(しゃみょう)已後(いご)かの国に生まるることを得て、仏とあい見て慶喜すること何ぞ極まらんと喩(たと)うるなり。 (『真宗聖典』221頁)

ここでは釈迦・弥陀二尊の意に信順し、浄土に到って仏とまみえた際の喜びが「慶楽」「慶喜」と記される。この「慶楽」について『愚禿鈔』で親鸞は次のように注記する。

「慶楽」とは、「慶」の言は印可の言なり、獲得の言なり、   (『真宗聖典』456頁)

これは二河譬が示す仏と共に喜びあう姿を、仏による「印可」と衆生の「獲得」という二面から押さえたものと言うことができよう。
 以上の「慶」の字に対する親鸞の注釈を「後序」の流れと合わせれば、法然から恩恕(おんじょ)を蒙(かぶ)ったことこそ「印可」を受けたというべき事柄であり、その得べきことを得たという感慨をもって「慶ばしいかな」という表現が出されたのであろう。そして続けて、その教えを受けた者としての態度が表明されることになる。

■ 『大唐西域記』が示す仏法の毀滅

心を弘誓(ぐぜい)の仏地に樹(た)て、念を難思(なんじ)の法海に流す。   (『真宗聖典』400頁)

「大地」と「海」という、親鸞思想を象徴するモチーフを用いて語られるこの言葉は、玄奘『大唐西域記』の「樹心仏地、流情法海」(『大正蔵』51-887-a)という言葉に依っていると言われる。ただし、そこに「弘誓」「難思」という『教行信証』「総序」劈頭(へきとう)を飾る弥陀の本願を示す言葉が追加されている。また「情」の字が「念」に変わっている点も注意されよう(ちなみに『浄土文類聚鈔』では「樹心弘誓仏地、流情難思法海」〔『真宗聖典』409頁〕と、「情」のままで記される)。なぜ『大唐西域記』だったのか。
 この文は、『大唐西域記』巻第三でのカシミール(迦濕弥羅国)の史伝(『大正蔵』51-886-a~888-a)に登場する。詳細は省くが、それによると、ここは釈尊が自らの滅度の後、マドヤーンティカ(末田底迦)という阿羅漢が「国を建て人を安んじ、仏法を弘揚」すると語った土地である。そして仏滅後50年にマドヤーンティカはこの予言を喜び、大神通力で500の伽藍を立てたという。その後、仏滅後100年にはマガダ(摩掲陀)国のアショーカ王(無憂王)が「羅漢のために五百の僧伽藍を建て、すべてこの国をもって、持って衆僧に施せり」とされ、仏滅後400年にはガンダーラ(健駄邏)国のカニシカ王(迦膩色迦王)が「法教を紹隆せん」として、「具に三蔵を釈せよ」と命じ、その事業の完成の際には「またこの国をもってすべて僧徒に施せり」という。
 そのような土地であったが、このカニシカ王の没後、クリタ族(訖利多種)が王を名乗って「僧徒を斥逐し、仏法を毀壊」したという。そこに登場するのが釈迦族の子孫にあたるトカラ(覩貨邏)国のヒーマタラ王(呬摩呾羅王/雪山下王)である。彼について、次のように述べられる。

如来涅槃の後、第六百年をもって、光は疆土(きょうど)を有(たも)ち、王業を嗣(つ)ぎ膺(う)け、心を仏地に樹て情を法海に流す。  (『大正蔵』51-887-a)

仏滅後600年といえば、『教行信証』では「六百年に至りて後、九十五種の外道競い起こらん」(『真宗聖典』361頁)と言われる像法に入るときである。このヒーマタラ王について「樹心仏地、流情法海」と言われる。彼はクリタ族が仏法を毀滅しているのを聞き、3000人の仲間を集めてカシミールに入り、遂にクリタの王の首を斬ることになる。こうしてこの国を平定し、僧徒を集め、伽藍を立て、元のとおりに安堵したという。
 なお『大唐西域記』は、続けてこのクリタ族について次のように示す。

その訖利多種は、しばしば僧徒が宗を覆し祀を滅するをもって、世にその怨みを積み、仏法を嫉悪せり。歳月既に遠くなり、また自ら王を称す。故に今この国は甚だ崇信せず、外道天祠に特に意を留む。 (『大正蔵』51-887-b)

このようなエピソードにおいて語られる「樹心仏地、流情法海」という表現を用いる所には、「あのヒーマタラ王のように仏法弾圧の直中にあって、それを背負っていくような自身となれたという慶び」(加来雄之「「文類」といういとなみ―親鸞における宗教言説の伝承―」『親鸞教学』第92号75頁、大谷大学真宗学会、2009年)があったのだと考えられる。

■ 仏教者の生き方と人倫の嘲り

深く如来の矜哀(こうあい)を知りて、良(まこと)に師教の恩厚(おんこう)を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。  (『真宗聖典』400頁)

 ここで「如来」と「師教」の二つを挙げるのは、先ほど見た二河譬で「今二尊の意に信順し」「仏とあい見て慶喜する」と言われていたことを受け、弥陀の大悲と釈迦の教えに出遇えたことの喜びを述べたものであろう。そこで注意されるのが、「至孝弥重」である。親鸞がここで「至孝」という言葉を使うのはなぜか。
 親鸞の自釈に「孝」という字が出てくるのはここだけであり、親鸞思想において重要な概念には見えない。けれども、これまでの本報告で繰り返し指摘してきたように、「化身土巻」においては極めて重要な概念である。
 問題は、おそらく親鸞の念頭にあったであろう貞応3年/元仁元年に提出された専修念仏の取り締まりを要請する延暦寺の奏状である。そこでは、「それ人倫の行は、孝より大なるはなし」と言い、かつ専修念仏について「不孝の罪、何を以てこれに如かん」と批判していた(『大系真宗史料』文書記録編1-88)。このような批判を念頭に「化身土巻」では『弁正論』の引用がなされた。その第七文には、道教・儒教は古来より親に対する孝、国に対する忠をもって規範にしてきたけれども、仏教徒は出家してしまい、孝を捨ててしまっているのであり、それは世を悪くするのだ、という道教側からの批判が引用される。これは、まさに延暦寺の批判に重ね合わせる引用であり、仏教者が非仏教的立場に堕していることを示すものと考えられる(本報告第25回参照)。そしてその中心にある概念が「孝」なのである。
 専修念仏は不孝の罪だとする批判に対し、親鸞は「孝」を全く無視したかというと、おそらくそうではない。親鸞は「正信偈」を作る前に次の曇鸞の言葉を引く。

ここをもって知恩報徳のために宗師(曇鸞)の釈を披(ひら)きたるに言わく、
それ菩薩は仏に帰す。孝子の父母に帰し、忠臣の君后(くんこう)に帰して、動静(どうじょう)己にあらず、出没(しゅつもつ)必ず由(ゆえ)あるがごとし。恩を知りて徳を報ず、理宜(よろ)しくまず啓(けい)すべし。また所願軽からず、もし如来、威神を加したまわずは将(まさ)に何をもってか達せんとする。神力を乞加(こっか)す、このゆえに仰いで告ぐ、と。已上
しかれば大聖の真言に帰し、大祖の解釈(げしゃく)に閲(えっ)して、仏恩の深遠(じんのん)なるを信知して、正信念仏偈を作りて曰わく、 (『真宗聖典』203頁)

ここで「孝子の父母に帰し、忠臣の君后に帰し」ということに比する形で「菩薩は仏に帰す」ということが語られる。このような仏に帰し、知恩報徳の態度に向かうことを仏教者における「孝」と考えたのではないだろうか。
 『教行信証』において「孝」という文字が使われるのは、この『論註』と『弁正論』の引用と「後序」の記述だけである。その際、親鸞は「孝」に声点(しょうてん)を付けており、『論註』では左下に、『弁正論』では右上に付けている。この違いは、同じ「孝」でも世間的文脈と仏教的文脈ではその質が異なることを示すものとも見えるのではないか。そしてこの「後序」では黒点で左下に付けつつ、朱点を右上に付けている(大谷大学編『顕浄土真実教行証文類』翻刻篇774頁、附録篇二570頁参照)。これは『論註』と『弁正論』の両方にかけようとしたのではなかろうか。つまり、『弁正論』の文脈における世間的孝の立場を意識しつつ、それと異なる出世間的孝の立場―菩薩は仏に帰す―を「至孝」という言葉で示し、『無量寿経』が説く釈迦弥陀二尊の意に信順していくことこそ自らの担うべきいよいよ重い課題として提示したのである。

これに因って、真宗の詮を鈔(しょう)し、浄土の要を摭(ひろ)う。ただ仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲(あざけり)を恥じず。 (『真宗聖典』400頁)

続くこの言葉は、おそらく善導が『観経疏』で『観経』の経文解釈が終わったところで語る次の文に拠っている。

竊に以(おもん)みれば、真宗遇いがたく、浄土の要逢いがたし。五趣をして斉(ひと)しく生ぜしめんと欲す。これをもって勧めて後代に聞かしむ。 (『真聖全』1-559)

このように善導をして「遇いがたし」と語らしめた「真宗」の詮、「浄土の要」を、「「鈔」は、すぐれたることをぬきいだし、あつむることばなり。」(『聖典』547頁)と言うように、今親鸞は拾い集めようという。親鸞にとってそこにあるのは、ただ仏恩の深きことだけである。そこで意識されている「人倫の嘲」とは、先述の延暦寺の奏状がその代表であろう。つまり、延暦寺の大衆の言うように人倫の立場からして専修念仏が罪だとされるのであれば、仏恩を念じこそすれ、その嘲りを恥じはしないというのが、自らの表明すべき態度だったということであろう。延暦寺の奏状こそ、この「人倫の嘲を恥じず」という言葉を親鸞に言わせたのである。
 これら一連の文章は、まさに親鸞が『教行信証』撰述において担った重い課題を余すところなく示しているといえよう。

(2019年2月、文責:親鸞仏教センター)

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