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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んできた。これまで「化身土巻・末巻」における諸典籍の引用を尋ね、そのことを踏まえていわゆる「後序」について検討を行っている。前回までで、自釈の箇所を検討し終えた。今回は『教行信証』最後の引用を見ていく。
 「顕浄土真実教行証文類」の完成―「化身土巻」の帰結としての「後序」⑦―
 元親鸞仏教センター研究員  藤原 智

■ 『教行信証』の締めくくりとなる二つの引用
 「化身土巻」の展開を受けて記される「後序」は、これまで確かめてきたように、専修念仏への批難・弾圧と、法然からの付嘱という二つの歴史的出来事を通して、親鸞自身の言葉で『教行信証』撰述の志願が述べられてきた。それに対して藤場俊基は「仮に『教行信証』全体がこれで終わっていたとしてもまったく不自然ではありません」(『親鸞の教行信証を読み解くⅤ』308頁、明石書店、2001年)と指摘するが、同感である。しかし、周知のとおり親鸞は自分自身の言葉ではなく、『安楽集』と『華厳経』という二つの引用文をもって『教行信証』の締めくくりとする。親鸞は、なぜこの引用によって『教行信証』を閉じることにしたのか。
 今回はこの最後の二つの引用を見ていく。その際、加来雄之の「その引用の背景に、文章の当面には見えない、もう一つの違う文脈が暗示されているのではないか」(「「文類」といういとなみ―親鸞における宗教言説の伝承―」『親鸞教学』第92号78頁、2009年)という指摘を踏まえ、考察を進めていきたい。

■ 『安楽集』の精神

『安楽集』に云わく、真言を採り集めて、往益(おうやく)を助修(じょしゅう)せしむ。何となれば、前(さき)に生まれん者(もの)は後を導き、後に生まれん者(ひと)は、前を訪え、連続無窮(むぐう)にして、願わくは休止(くし)せざらしめんと欲(ほっ)す。無辺の生死海(しょうじかい)を尽くさんがためのゆえなり、と。已上   (『真宗聖典』401頁)

まず引かれるのは道綽『安楽集』だが、その大まかな意味は、真実の言葉を集めることをもって、往生という利益の助けにしていきたいということ。そして先の者は後の人を導き、後の人は先の者を訪ねることによって、教えの伝承が止むことなく、限りない迷いの命を救い尽くしてほしいという願いが語られている文章である。
 さて、道綽『安楽集』は十二大門に分かれるが、この文章はその第一大門第一の末尾にある。言わば、『安楽集』の序章を締めくくる言葉なのである。その一段の課題は「教興の所由を明かして時に約し機に被らしめて浄土に勧帰せしむ」(原漢文『真聖全』1-378)と述べられ、まず浄土門こそが時機相応の教えであることを示すことを眼目とする。
 実は、親鸞はこの第一大門第一を「化身土巻」に引いている。それは「正真の教意に拠(よ)って、古徳の伝説を披(ひら)く。聖道・浄土の真仮を顕開して、邪偽(じゃぎ)・異執(いしゅう)の外教(げきょう)を教誡す。」(『真宗聖典』358頁)という言葉に始まる、「教誡」をテーマとする文脈の初めにである。そこで上に引いた「教興の所由を明かして…」(同前)という『安楽集』の言葉が引かれ、それは「今の時の衆生を計るに、すなわち仏、世を去りたまいて後の第四の五百年に当れり。正しくこれ懺悔(さんげ)し福を修し、仏の名号を称すべき時の者なり…」(『聖典』359頁)などと結論されていた。親鸞の引用はそこでいったん閉じるが、『安楽集』ではこの文から展開する形で次のように説かれていく。

韋提(いだい)大士、自らおよび末世の五濁の衆生の輪廻多劫にして徒(いたずら)に痛焼を受くるを哀愍(あいみん)するが故に、よく仮に苦縁に遇いて出路を諮開すること豁然(かくねん)たり。大聖、慈を加え極楽に勧帰せしむ。もしここにおいて進趣せんと欲せば、勝果階(かな)い難し。ただ浄土の一門のみ有りて、情を以て悕いて趣入すべし。もし衆典を披き尋ねんと欲せば、勧るところ弥多し。遂に以て真言を採り集めて、往益を助修せしむ… (下線筆者、原漢文『真聖全』1-379頁)

つまり、現在が称名念仏による往生浄土の道しかない時代であり、その末世の衆生のために韋提希と大聖釈尊は浄土門を勧めていたという。そして、それは「衆典」に広く勧められているとして、その衆典の真言を採集して、往生の利益を助けようと道綽は言うのである。これは『安楽集』全体を貫く精神をまず述べたものと考えられる。親鸞はこの終わりの言葉を『教行信証』の末尾に引くのである。
 上記の加来論文は、さらに『安楽集』の第一大門第三に注目し、「護法」という文脈をそこに見出す(『親鸞教学』第92号81頁)。ただ、本考察はあくまでこの第一大門第一に限定したい。
 『安楽集』は「真言を採り集めて」と述べるが、『教行信証』には「真言」という言葉がしばしば見られる。「摂取不捨の真言」(「総序」『真宗聖典』150頁)、「大聖の真言」(「行巻」『真宗聖典』203頁、「信巻」同226頁、「証巻」同298頁)などである。『浄土文類聚鈔』では「真言を探り集め、師釈を鈔出(しょうしゅつ)して、専ら無上尊を念じて、特(まこと)に広大の恩を報ず」(『真宗聖典』409頁)という明らかに『安楽集』によった言葉がある。その「真言」は、単なる経典の言葉ではなく、我々を摂取する言葉であり、『安楽集』の文脈からすれば末世の凡夫という時機に相応する言葉と言えよう。
 あるいは、「信巻」真仏弟子釈では、その冒頭に「「真仏弟子」と言うは、「真」の言は偽に対し、仮に対するなり」(『真宗聖典』245頁)とある。これを漢文表記すると、「真言対偽対仮」となる。加来雄之は、ここに「真言」というものが偽に対し仮に対するという意味を見てとっている(「「対偽対仮」という営み――「顕浄土方便化身土文類」の課題――」『現代と親鸞』第35号、2017年)。その理解に従うならば、「真言」とはこれまでの「化身土巻」において「真仮を顕開」「真偽を勘決」(『真宗聖典』368頁)するという形での「教誡」を遂行させる教言である。
 『教行信証』はまさにそのような末世の凡夫たる我々を摂取し、また我々をして虚偽に対峙せしむる、そういう動的な働きかけをもつ言葉を採集する営みであったと言えよう。そして道綽は、その真言の採集により「無辺の生死海を尽くさん」と述べていた。その志願は「信巻」真仏弟子釈に引かれた『安楽集』の言葉、「おおよそ浄土に往生せんと欲(おも)わば、発菩提心(ほつぼだいしん)を須(もち)いるを要とするを源とす」(『真宗聖典』247頁)に見出せよう。ここで親鸞が「須らく菩提心を発すべし」ではなく「発菩提心を須いる」と読んでいるのは、法蔵菩薩の発心をもちいるという他力的意味である(善導『観経疏』至誠心釈〔『真宗聖典』215頁〕を参照)。親鸞は、道綽が法蔵菩薩の大悲心を根源にした志願をもち、聖道・浄土の決判を中心とした『安楽集』の撰述を行ったと見たのであり、また『安楽集』からその精神を学び取り、自己もそのような営為に連ならんとしたのである。

■ 『末法灯明記』における「末俗」

しかれば末代の道俗、仰(あお)いで信敬(しんきょう)すべきなり。知るべし。  (『真宗聖典』401頁)

先の『安楽集』の引用に続けて、親鸞はこのごく短い自釈を置いている。この文章は前の文章に続くのか、それとも後に繫がるのかがしばしば問題になる。だがその前に、この文章自体をしっかりと確認したい。
 親鸞自筆の坂東本『教行信証』を見ると、ここでの「末代の道俗」は本来「末俗」であった。「代道」の二字は欄外に補記されているのである(『親鸞聖人真蹟集成』第2巻679頁、法藏館、1974年)。この点について、加来雄之は『教行信証』に「末代の道俗」という表現がここ以外に二度(『真宗聖典』210頁、358頁)出ることを指摘し、「結びの一句の補訂は、「信文類序」や「化身土文類」の課題と呼応させるためだったと思われる」(「已に僧に非ず俗に非ず」『親鸞教学』第90号10頁、2008年)と指摘する。そのことは重要であるが、まず初めに考えなければならないことは、親鸞が当初は「しかれば末俗、仰いで信敬すべきなり」と記していたという事実である。
 「末俗」という表現が出てくるのは、『教行信証』でたった一度である。それは伝最澄『末法灯明記』で、釈尊の教えについて「時に随いて制許(せいこ)す」(『真宗聖典』364頁)と、正法・像法・末法という時代のちがいでその内容に変化があることを示す一段である。

像季の後、まったくこれ戒なし。仏、時運を知ろしめして、末俗を済(すく)わんがために、名字の僧を讃(ほ)めて世の福田としたまえりと。  (同前366頁)

このように末法という時代について述べる際に「末俗」という表現が登場する。その意味で「末俗」とは、仏が時代性というものを踏まえたうえで呼びかけようとした対象である。
 『教行信証』の展開において、この『末法灯明記』は『安楽集』との密接な関連のもとに引用される。つまり、『末法灯明記』の「仏、時運を知ろしめして」と、『安楽集』での「時に約し機に被らしめて浄土に勧帰せしむ」とは、同じ課題だと親鸞には把握されていたと考えられる。そうであれば、『安楽集』に言う「真言」とは、「仏、時運を知ろしめして、末俗を済わんがために」説いた教えとして採集された言葉である。「しかれば末俗、仰いで信敬すべき」は、まずこの「真言」を措(お)いて他にはない。それが、総序では「聞思して遅慮することなかれ」(『真宗聖典』150頁)と示されていた。
 先行研究では法住(1806-1874)『教行信証金剛録』(1842年)が「末代の道俗」という表現を、「それ往生極楽の教行は濁世末代の目足なり。道俗貴賤、誰か帰せざる者あらん」(原漢文『真聖全』1-729)という源信『往生要集』冒頭の文との連関で考察している(『続真宗大系』8-437)。けれども、坂東本を見る限り、この意見に直ちには首肯できない。もちろん、親鸞が表現を改めたのも事実である。「末俗」という表現は、ともすれば単に身分的に下々の者といった理解がされかねない面もあり、やはり「末代の道俗」という表現のほうが『教行信証』全体の趣旨とも合うものであろう。そこに『往生要集』の影響を否定するものではない。しかし、まず親鸞が「末俗」という表現をとっていたところに、『安楽集』と『末法灯明記』を踏まえた教法の時機相応性が親鸞の念頭にあったということ。そして、それが「竊(ひそ)かに以みれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道いま盛なり」(『真宗聖典』398頁)という言葉に始まる後序の、ひいては『教行信証』全体の根底に流れているということを、まず第一に確認しておくことが重要だと考える。

■ 「皆摂取」という仏道の根本精神

『華厳経(けごんぎょう)』の偈(げ)に云うがごとし。もし菩薩、種種の行を修行するを見て、善・不善の心を起こすことありとも、菩薩みな摂取せん、と。已上  (『真宗聖典』401頁)

これは『八十華厳』の巻第七十五、入法界品三十九之十六の最後の偈文である。ちょうど善財童子が善知識を訪ねていくなかで出会った、釈尊の妃の一人である瞿波(くば)が釈尊について語った言葉である(加来雄之「「文類」といういとなみ」『親鸞教学』第92号83~84頁)。瞿波は釈尊と出会い、伴侶となった因縁を説くのであるが、そこで説いているのが次の言葉である。

仏子。若有衆生。得見菩薩修菩提行。若疑若信。菩薩皆以世出世間種種方便。而摂取之。以為眷属。令於阿耨多羅三藐三菩提得不退転 (『大正蔵』10-412b)
仏子、もし衆生あり、菩薩の菩提の行を修するを見ることを得ば、もしくは疑い、もしくは信ずるも、菩薩は皆、世出世間の種々の方便をもって、これを摂取してもって眷属とし、阿耨多羅三藐三菩提において不退転を得しめん。

菩薩=釈尊が菩提の行を修していることに対して衆生がそれを見て疑いの心、信じる心をもったとして、菩薩=釈尊はさまざまな方便をもってその衆生を摂取し、眷属として不退転を得させるのだ。この文章を、再び偈文として説き直したのが親鸞の引用箇所である。
 さて非常に有名なことであるが、この『華厳経』の文章は『往生要集』からの孫引きである。それは、引用に際して、通常の「『華厳経』に言く」ではなく、「如華厳経偈曰」という『往生要集』と全く同一の書き出しであることからわかる。
 『往生要集』でこの『華厳経』が引かれるのは、大文第十問答料簡の第十助道人法であるが、いわば『往生要集』自体の結びとも言える箇所である。そこでは念仏相応の教文を問題にして、なぜ経典の言葉を切り取ったりするのかなどと議論が展開されるなか、次の問答がなされる。

問。引く所の正文は、誠に信を生ずべし。ただ屡私詞を加えたるは、盍ぞ人の論謗を招かんや。
答。正文に非ずと雖も、しかも理は失わず。もしなお謬あらば、苟もこれを執せざれ。見る者、取捨して正理に順ぜしめよ。もし偏に謗りを生ぜば、また敢えて辞せず。『華厳経』の偈に云うがごとし。「もし、菩薩の種種の行を修行するを見て、善・不善の心を起こすことありとも、菩薩はみな摂取す」と。まさに知るべし、謗りを生ぜんもまたこれ結縁なり。我もし道を得ば、願わくは彼を引摂せん。彼もし道を得ば、願わくは我を引摂せよ。乃至菩提まで互に師弟とならん。 (原漢文『真聖全』1-924)

これは『往生要集』制作に際し、経文に対する解釈が謗(そし)りを招く可能性を指摘するものであるが、源信はそこで『華厳経』を引用しつつ、自己への謗りも一つの縁として互いに引摂していこうと確かめていくことになる。この場合、『華厳経』の「修行し摂取する菩薩」は、『往生要集』を制作する源信自身にとっての理想像と考えられよう。
 親鸞がこの文を引くとき「『華厳経』の偈に云うがごとし」という言葉で始めるのは、明らかに『往生要集』からの孫引きであることを示唆している。しかし、例えば「信巻」では「『往生要集』に云く、『入法界品』に言わく」(『真宗聖典』222頁)と、『往生要集』の孫引きとしての『華厳経』であることを明示していたが、ここでは「『往生要集』に云わく、『華厳経』の偈に云うがごとし」とはしなかった。それは必ずしも『往生要集』の文脈に限定されるものではないという意志の表れであろう。
 親鸞は、「もしこの書を見聞せん者、信順を因とし疑謗を縁として」(『真宗聖典』400頁)と述べ、疑謗を縁としていこうとしてその著を結ぶのであり、この点では『往生要集』と軌を一にする。しかし、その志願は共有しつつも、単に『華厳経』に言う「菩薩」に自己の制作を準(なぞら)える見方を取ろうとはしなかったと考えられる。
 『華厳経』の文脈においては、「菩薩」はあくまで話し手の瞿波の夫である因位の仏陀釈尊である。その菩薩の摂取とは、まず第一に私を摂取する広大な精神である。すでに『安楽集』の引用において、「無辺の生死海を尽くさん」という志願の根底に法蔵菩薩の精神があることを指摘した。この『華厳経』が説く「菩薩皆摂取」は、そのような歴史上の仏者の歩みを支える根本精神として――親鸞にとってそれは阿弥陀仏の因位法蔵菩薩として――そしてその意味において『教行信証』という著述の根本精神として、その結びに置かれたものと見ることができるのではないか。

顕浄土真実教行証文類六  (『真宗聖典』401頁)

最後に『教行信証』の尾題が置かれる。「化身土巻」の首題は「顕浄土方便化身土文類六」(『真宗聖典』326頁)であるにもかかわらず、ここでは「顕浄土真実教行証文類六」とある。もちろん「六」とある以上、「化身土巻」の尾題であるが、同時にこの六巻の展開すべてをもって『教行信証』という著述が完成するということを示すのであろう。それは「教」「行」「信」「証」の四法で終わるのではなく、またいわゆる三願転入で終わるのでもない。真実の法との出会いが、人間の個人・社会を覆う虚偽と対峙・教誡せしめていく。その課題の遂行までをもって、総序で「世雄(せおう)の悲、正しく逆謗闡提(せんだい)を恵まんと欲(おぼ)す」(『真宗聖典』149頁)と言われる皆摂取の大悲心の開顕、「顕浄土真実教行証」という仕事は完成される。それがこの尾題が示すところではないだろうか。
 それは現実の問題が解決したというのではない。「無辺の生死海を尽くさん」という志願の公開が一応完成したということである。そこからいよいよ連続無窮の歩みが始まるのである。


今回で、この「化身土巻・末巻」研究会報告は終了となる。至らぬところが多々あることと思う。ただ、研究会において貴重な指摘をくださった歴代の研究員の方々、また筆者が研究員を退任してからもこのような発表の機会を与えてくださった親鸞仏教センタースタッフ、特に編集に尽力してくださった田鶴浦裕・佐々木啓・浅平宗の三氏、またこの報告を閲覧くださった読者の方々には厚く御礼申し上げることである。

(2019年4月、文責:親鸞仏教センター)

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