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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んできた。これまで「化身土巻・末巻」に引かれる仏教典籍の引用を見てきた。今回は、最後の引用にして、唯一の仏教外典籍の引用である『論語』について報告する。
 仏弟子としての孔子―『論語』の引用―
 元親鸞仏教センター研究員  藤原 智

■ 親鸞の引用する『論語』の特徴
 これまで「化身土巻・末巻」の、冒頭の御自釈と続く『涅槃経』から、経・論・釈と続く仏教典籍の引用を見てきた。そこにはさまざまな課題が示されていたが、やはり究極的には初めの『涅槃経』の「仏に帰依せば、終(つい)にまたその余の諸天神に帰依せざれ」(『真宗聖典』368頁)に収まるものであろう。そして、諸仏教典籍の引用の最後に、あたかも初めの『涅槃経』に呼応するかのように、『論語』先進篇の第十二章が次のように引用される。漢文と書き下し文の双方を示そう。

論語云季路問事鬼神子曰不能事人焉能事鬼神〈已上抄出〉
『論語』に云わく、季路(きろ)問わく、「鬼神に事(つか)えんか」と。子(し)の曰わく、「事うることあたわず。人いずくんぞ能(よ)く鬼神に事えんや」と。已上抄出 (『真宗聖典』398頁)

『論語』は孔子とその弟子の言行録である。ここでは、弟子の季路の問いに孔子(子)が答えるという形である。では親鸞の書き下しに沿って見てみよう。まず季路が「鬼神に仕えましょうか」と問うた。これに対して孔子が「仕えることはふさわしくない。人がどうして鬼神に仕えようか」と答えた。
 このように読んだとき、正しく『論語』での孔子の「事うることあたわず」という答えは、先の『涅槃経』の「終にまたその余の諸天神に帰依せざれ」という教説と軌を一にするものとして把握されることになる。けれどもこれは、すでに存覚(1290-1373)の『六要鈔』(1360年)が「今聖人さらに別の義を存したまう」(『真聖全』2-439)と記すように、通常とは異なった読み方なのである。
 そこで一般的な読み方を次に示そう。

季路問事鬼神、子曰、未能事人、焉能事鬼、曰敢問死、曰未知生、焉知死、
季路、鬼神に事えんことを問う。子の曰わく、未だ人に事うること能(あた)わず、焉(いずく)んぞ能く鬼に事えん。曰わく、敢えて死を問う。曰わく、未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。 (金谷治訳注『論語』208頁、岩波書店、2001年)

まず季路が鬼神に仕えることについて問うた。これに対して孔子が「いまだ人に仕えるということができていないのに、どうして鬼に仕えることができるだろうか」と答えた。さらに季路が、敢えて死について問うた。孔子は「いまだ生を知らない。どうして死を知るだろうか」と答えた。
 この一般的読み方でも、そのうえでの解釈はさまざまであるが(参照子安宣邦『〈新版〉鬼神論―神と祭祀のディスクール』白澤社、2002年)、それはさておき親鸞との異同を確認しよう。
 まず大きな点は、親鸞は後半部分の「死」についての問いを引用していない点である。これは親鸞の関心が「鬼神」に限定されていることによるのだろう。さらに問題は、始めの問いに対する孔子の応答である。一般的には「未能事人、焉能事鬼」と区切る。これを親鸞は「不能事、人焉能事鬼神」と区切って読み、「人」を後ろの句に付けて読んでいる。これを可能にしているのが「未」の字が「不」になっていることである(「鬼」と「鬼神」は大差ない)。これにより、「未だつかえることあたわず」という文章が「つかえることあたわず」とまったく異なる文章へと変化しているのである。それに伴い、「人」の字も後ろへ付くことになったと考えられる。前の句を「人につかえることあたわず」と読めば、文章としては成り立つが、何の教訓にもならないであろう。
 なぜ親鸞の引用する『論語』が「不能事」になっているのかは不明である。親鸞の見た『論語』の中に、そのように記されたテキストが存在したとしか考えようがない。親鸞は誤記の可能性を承知しつつ、そこに積極的な意味を見いだしたのであろう。
 そこで次に、このような形で『論語』を引用する親鸞の課題とは何かを考えよう。

■ 『弁正論』に示される孔子像
 親鸞は『教行信証』の論述の結びを『論語』をもってする。しかしその意図は「非常に単純素朴に考えても、何故『論語』なのかということはわかりにくい」(廣瀬杲『序説浄土真宗の教学』243頁、文栄堂、1992年)と指摘されるとおりである。
 親鸞と『論語』を考える際、まず平雅行の次のような指摘は考慮すべきであろう。

親鸞の実家である日野氏は、儒学を家業とする一族です。(中略)親鸞も『論語』の素養があったのでしょう。実家で学んでいた可能性もありますし、中世寺院では儒教も教えていましたので、延暦寺で学んだ可能性もあります。
 中世にあっても、貴族の教養の中心はやはり儒教です。仏教の影響も深まってきますが、やはり彼らの政治観や世界観の基本は儒教でした。それだけに、『論語』をあのように読み替えて神祇不拝を主張するのは、正統派の知識人にはインパクトがあったと思います。 (「顕密体制と専修念仏」『現代と親鸞』29-154~155頁、2014年)

親鸞の生まれは儒学の家系であり、『論語』の素養をもっていた。そして、当時の知識階級へ訴えかけるために『論語』をも用いた発言を行った。
 しかしこの平の指摘から起こる疑問は、『論語』の素養をもっていたという親鸞が、正統的でない引用を行ったのはどういうことか、である。単に読み替えたというだけではなく、『教行信証』においていかなる筋道を通してあのように読まれなければならなかったのかが明らかにされねばならない。
 平の指摘によれば『論語』の引用は「正統派の知識人」に向けたものである。これを『教行信証』の表現で言えば、引用の直後―いわゆる後序―の「洛都の儒林」(『真宗聖典』398頁)であろう。そこで親鸞が「洛都の儒林」に向けた指摘が「邪正の道路を弁(わきま)うることなし(無弁邪正道路)」(同前)である。そして、この「邪正を弁うる」ということを課題としていたのが、題が示すように法琳(572-640)『弁正論(正を弁うる論)』の引用であった。つまり、親鸞が「正統派の知識人」(=「洛都の儒林」)を意識して『論語』を引用したとするならば、その視点は『弁正論』に示されていると考えることができる。事実、親鸞の引用で孔子に言及するのは『弁正論』だけである。
 『弁正論』において孔子はどのように位置づけられているのか。それは、『弁正論』引用の最後に位置付けられる梁(りょう)の武帝(464-549)の「捨道勅文(道教を捨てることの勅文)」(天監三年〔504〕)での次の一節に見られる(本報告第35回参照)。

老子・周公・孔子等、これ如来の弟子として化をなすといえども、すでに邪なり。ただこれ世間の善なり。凡を隔てて聖と成ることあたわず。公郷(こうけい)・百官(はくかん)・侯王(こうおう)・宗室(そうしつ)、宜(よろ)しく偽を反(かえ)し真に就(つ)き、邪を捨て正に入るべし。 (『真宗聖典』396頁)

ここでまず示されているのは、釈尊の弟子として中国において教化を行った孔子像である。そのうえで、その教えが時を経てただ世間の善へと変貌(へんぼう)してしまっているとして、問題視しているのである。これが歴史的事実でないことは、今日では明白かもしれないが、しかし少なくとも『弁正論』が執筆された七世紀前半の中国では有効な議論であった。もちろんこの議論を引用する親鸞にあっても同様である。
 上記議論からすれば、親鸞当時に語られていた『論語』の解釈というものは、本来の趣旨から歪(ゆが)められたものと理解される。ではその『論語』本来の趣旨、すなわち釈尊の弟子としての孔子が述べようとしたことは何であったのか。それを提示しようとしたものこそ親鸞による『論語』の特殊な引用であったと考えられるのである。法住(1806-1874)『教行信証金剛録』(1842年)が「吾祖如是読み給ふは『論語』の当分には非ず。上に『弁正論』を引かせられて(中略)『論語』を仏教に誘会し、人師の釈と同じく孔子を仏弟子にして取扱ふ跨節の義なり」(中略筆者『続真宗大系』8-797)と指摘するとおりである。

■ 親鸞読みの根拠としての遵式(じゅんしき)
 これまで、親鸞の『論語』引用が『弁正論』に示される仏弟子としての孔子像に基づくことを指摘してきた。しかし、そのような孔子像が認められたからといって、親鸞の読み方の正当性が保証されるわけではない。一体、親鸞は何を根拠として、『論語』を読んだのか。
 そこで注目したいのが、親鸞の『論語』引用に対する『六要鈔』の次の指摘である。

人はこれ善趣、鬼はこれ悪趣、善趣の身となして何ぞ悪趣に事えん、故に上に引く所の慈雲の釈に云う。「今人をもって鬼に事えばそれ首を俛(ふ)せて足に就くがごとし」と。けだしその意なり。 (『真聖全』2-439)

存覚は「人いずくんぞ能く鬼神に事えんや」という親鸞による『論語』引用を、善趣たる人が悪趣たる鬼に仕える道理があろうか、という意味にとる。そしてその根拠をすでに引用した慈雲遵式(964-1032)の『往生西方略伝』序に求めるのである。
 『往生西方略伝』序において遵式は鬼神の祭祀を厳しく誡(いまし)める。親鸞はそこからごく短い文章を引用している(本報告第39回参照)。それは、問題点を先鋭的に抜き出そうとするものであって、原文の文脈を無視するものではないであろう。そして、存覚はその遵式の意図に基づいて親鸞による『論語』の特殊な読み方があると指摘するのである。
  この存覚の指摘から『往生西方略伝』序を見たとき、親鸞による引用箇所の直後に遵式が孔子について言及していることに注目される。

仲尼焉能事鬼。蓋迷六趣之源。
仲尼(ちゅうじ)、焉んぞ能く鬼に事えん。けだし、六趣に迷うの源なり。 (『大正蔵』47-168a)

ここで遵式は孔子(仲尼)に言及するが、その意味は次のとおりであろう。孔子は「焉んぞ能く鬼に事えん」と述べた、たしかに(鬼神に仕えることは)六趣に迷う源なのである。
 奇妙なのは遵式の引用の仕方である。『論語』での孔子の発言は「未能事人、焉能事鬼」である。そして前の句の「未だ人に事えることあたわず」が前提となって、後の句の「焉んぞよく鬼に事えん」が活きることになる。そうであるから、「焉能事鬼」だけを取り出したら、本来ならまったく意味をなさないことになる。遵式は、敢えてこの言葉だけを切り取ったのだろう。そして鬼神の祭祀を誡める自己の文脈に孔子の発言を乗せたのである。
 親鸞は、この中国の仏教者たる遵式の『論語』の引用を見て、ここに仏教的『論語』理解を見たのであろう。そしてそれこそが『涅槃経』の教説と呼応するものであり、仏弟子としての孔子の発言としてふさわしいもの、換言すれば非世間的なる『論語』本来の趣旨であると確信した。その上で、この読み方を可能とするテキスト、すなわち「不能事人焉能事鬼神」を発見し、これをもって一連の議論の結びとしたのである。それは廣瀬杲が言うように「人間の統制のもとになる筋として作用してきた儒教倫理という事柄に対して(中略)『論語』の言葉そのものを使いながら、『論語』それ自体の持っている作用というものを浮き彫りにして、そういう作用を否定していく」(中略筆者『序説浄土真宗の教学』248頁)ということなのであろう。(ただし廣瀬には「仏弟子としての孔子」という視点はないため、ここでの「『論語』それ自体」という表現が親鸞の意図と一致するかは疑問である。)
 ここからいよいよ後序に入っていく。そして、以上の議論を踏まえたうえで、専修念仏への弾圧の一つの要因として「洛都の儒林」について「邪正の道路を弁うることなし」と述べていくことになるのである。

(2018年8月、文責:親鸞仏教センター)

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