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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んでいる。その「化身土巻・末巻」には長く『大集経』が引用されているが、そこに親鸞がもっていた課題とは何であったのか。今回は「諸魔得敬信品(しょまとくきょうしんぼん)」から「忍辱(にんにく)品」までの引用に、これを尋ねていきたい。
 『大集月蔵経』引用の主眼① ―その背景にある『往生要集』―
 親鸞仏教センター研究員 藤原 智

■ 「諸天王護持品」以前と以後
 「化身土巻・末巻」(以下、「末巻」)には、「已上」といった語を区切りとして、『大集月蔵経』(以下、『月蔵経』)から七つの文章が引用されている。これまでの報告では、「諸悪鬼神得敬信品」上・下、「諸天王護持品」と三つの文章を見てきた。そこではまず「邪見」を離れるべきことが掲げられつつ、それが具体的には梵天が「愚痴無智」であると懺悔(さんげ)すると共に「自ら称名せざらんや」と語った称名念仏において果たされるのだと確かめられていたと言えよう。そして、その後に梵天は「行法の衆生を護養す」と誓い、釈尊も「所有(しょう)の行法、法に住し法に順じて悪を厭捨(えんしゃ)せん者は、今ことごとく汝等(なんだち)が手の中に付嘱す」と応じる。ここに「行法=称名念仏」に順ずる者を護持養育するという梵天のはたらきが確かめられているのである。
 「諸天王護持品」の引用までで以上の事柄が見て取れるのであるが、ここから親鸞は「諸魔得敬信品」、「提頭頼吒(だいずらた)天王護持品」、「忍辱品」二文と、計四つの文章を引用していく。しかし、これらの引文は「くどいまでに繰返され(中略)異様である」(星野元豊『講解教行信証 化身土巻』2125頁)と指摘されるように、諸天・諸魔による仏法護持の誓いが繰り返されているだけに見え、一見したところその意図は知り難い。しかし、その無意味に見える箇所にこそ、あえてそれを記す親鸞の意図があるのである。

■ 『月蔵経』引用を読み解く鍵

 『月蔵経』引用後半の四文のうち、鍵となるのは最後の「忍辱品」二文である。近年指摘されることであるが(西義人「「化身土文類」末『首楞厳経』『灌頂経』引文について―藤場俊基氏の解釈に対する疑義―」『印度学仏教学研究』第57巻第1号など)、「忍辱品」の二文はほぼそのまま『往生要集』に引用されている。異なるのは、『教行信証』では引用冒頭に『往生要集』にはない文が原文から追加されていることであるが、その意義は後述する。特に「忍辱品」の第二文目は、『往生要集』に「已上取意」(『真宗聖教全書』1-920頁)と記される要約の文であるが、それが一字違うことなく『教行信証』に引用されている。そうであるから、親鸞は『月蔵経』原文からではなく『往生要集』から「忍辱品」を引用し、さらに原文を参照して冒頭の文を追加したと考えるべきであろう。
 さらにもう一点指摘すべきは、『教行信証』における『大集経』引用は、その大部分について後に大幅な改訂がされていることである(重見一行『教行信証の研究―その成立過程の文献学的考察』)。現在の親鸞自筆の坂東本『教行信証』において、『月蔵経』はその第六文目までが後から挿入されたものであり、第七文目のみが原初形態を留めている。「末巻」の原初形態は不明であるが、『月蔵経』の引用が「忍辱品」で終わることは終始一貫している。親鸞の改訂は、この「忍辱品」に至るまでの展開を改めたものと言えよう。(なお、最近『月蔵経』の引用文が、宋版一切経思渓版であるとの指摘がされた。佐々木勇「坂東本『教行信証』引用「日蔵経」「月蔵経」の依拠本について」『仏教史学研究』第57巻第1号。そのことと関係があるかもしれない。)
 整理すると以下のとおりである。親鸞は『往生要集』に『月蔵経』「忍辱品」二文が引用されていることに注目し、当初その文に至る何らかの文章を「末巻」に記した。しかし、後になってその文章を見直し、「忍辱品」の第二文目を残してその他は大幅な改訂を施した。その営為は『往生要集』に引かれた「忍辱品」をどのような文脈において理解するかにあったのである。そこでわれわれは、そもそも『往生要集』がいかなる文脈において「忍辱品」を引用しているのかを知らなければならない。

■ 『往生要集』における『月蔵経』引用の文脈

 『往生要集』で「忍辱品」が引用されているのは、大文第十「問答料簡」の第九「助道資縁」である。それは次の問答に始まる。なお、便宜上、書き下し文にした。その際『真宗聖教全書』の訓読にしたがってはいない。

問う。凡夫の行人はかならず衣食を須(もち)ふ。これ小縁なりといえども、よく大事を弁ず。裸餒(らい)にして安からずんば、道法いずくんぞ在らん。(『真宗聖教全書』1-918頁)
「助道資縁」という小題のとおり、仏道を助ける衣食などの資縁をどうするのかという問いである。この問いに対して、『往生要集』は結論的に次の様に述べる。

もし仏弟子にして、専ら正道を修して貪求する所なき者は、自然に資縁を具す。
(『真宗聖教全書』1-919頁)
つまり、貪欲に任せず専らに正道を修するならば、資縁は自然に具わるというのである。そしてその証文として『月蔵経』(月蔵分)の「諸魔得敬信品」から二文引かれる。

『大集』月蔵分の中に、欲界の六天、日・月・星宿、天・龍八部、おのおの仏前において、誓願を発して言わく、「もし仏の声聞弟子にして法に住し法に順じて、三業相応して修行する者は、我らみな共に護持し養育せん。所須(しょしゅ)を供給するに乏しき所なからしめん。もしまた世尊、声聞弟子にして積聚(しゃくじゅ)する所なければ、護持し養育せん」。また云わく、「もしまた世尊、声聞弟子にして積聚に住し、乃至三業と法と相応せざる者は、またまさに棄捨し、また養育せざるべし」。
(『真宗聖教全書』1-919頁)
この「諸魔得敬信品」の文をもって、『往生要集』は「三業相応」して修行する者を諸天が護持養育し、そうでない者を捨てるのだと確かめていく。なお、この「諸魔得敬信品」の引用文も、『教行信証』と非常に密接した関係があるが、これも後述する。
 この「三業相応」とは、『往生要集』の念仏論が説かれる大文第四「正修念仏」に登場する言葉である。そこでは世親菩薩の『浄土論』(『往生論』)の五念門を取り上げ、礼拝門を「三業相応の身業」、讃嘆門を「三業相応の口業」、作願門以下を「三業相応の意業」と配当していく(『真宗聖教全書』1-780~782頁)。つまり、身口意の三業をもって阿弥陀仏を念じていく念仏のあり方を指すと考えられよう。ただし作願門では、菩提心・四弘誓願が浄土菩提の網要とされ、その内容として三聚浄戒を配当しており、三業相応の念仏はその菩提心に支えられ戒をたもって三業に悪をなさざる道として示されるものでもある。この「三業相応」という表現は、後の永観(1033~1111)の『往生拾因』(『大正蔵』84-97上)や法然(1133~1212)の『拾遺語燈録』「往生浄土用心」(『昭和新修法然上人全集』559頁)にも見え、広い影響をもったと思われる。
 さて、以上の答えの後、『往生要集』はさらに次の問答を展開させていく。

問ふ。凡夫は必ずしも三業相応せず。もし欠漏することあらば、まさに依怙(えこ)なかるべし。
(『真宗聖教全書』1-919頁)
先の問答で「三業相応」して修行する者は諸天の護持を受けると答えられたが、これに対し凡夫には実践できるとは限らないと問いが出されるのである。これに対する答えが重要である。

答ふ。かくの如きの問難は、これすなわち懈怠にして道心なき者の致すところなり。もし誠に菩提を求め、浄土を欣(ねが)はん者は、むしろ身命をば捨つるとも、あに禁戒を破らんや。まさに一世の勤労をもって、永劫の妙果を期すべきなり。 (『真宗聖教全書』1-919頁)
今の問いは道心(菩提心)なき者の言葉であり、真摯に浄土・菩提を求めるものが戒をたもって勤修していくのは当然だと『往生要集』は厳しく批判するのである。
 しかしながら、この批判に続けて次のようにも語られていくことになる。

いわんやまたたとい戒を破すといえども、その分なきにあらざらんや。同じき『経』に仏の言ふが如し。
(『真宗聖教全書』1-919頁)
こうして破戒の者にも「その分なきにあらず」と、例外的な規定を設けるのである。そして、その証文として示される経文こそ、親鸞が「末巻」に引用した『月蔵経』「忍辱品」二文なのである。
 この経文は、『往生要集』では引用後に「破戒すらなお爾(しか)なり、いかにいわんや持戒をや」(『真宗聖教全書』1-920頁)と語られ、あくまで例外的な扱いである。しかし親鸞は、『往生要集』が例外的に示した破戒の者がなお諸天の護持養育にあずかるという文を、「末巻」で長く引いた『月蔵経』の結論としようとしたと考えられる。
 以上の『往生要集』での持戒と破戒をめぐっての『月蔵経』の引用を見据えながら、「末巻」での『月蔵経』の特に後半の四文の引用がある。このことは、次回の報告で確かめていきたい。
(文責:親鸞仏教センター)

※本報告に関連して『印度学仏教学研究』第63巻第1号(2014年12月)に「『教行信証』「化身土巻」所引『大集経』「忍辱品」への一試論 ―『往生要集』との連関から―」と題する小論を発表していますので、そちらもご参照ください。

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