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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んでいる。これまで「化身土巻・末巻」における経典引用の展開について報告してきた。今回は、経典引用のほぼ終わりにある『菩薩戒経』の引用意義について考察していく。
 仏弟子の尊厳性―『菩薩戒経』の引用意義―
 親鸞仏教センター研究員 藤原 智

■ 『菩薩戒経』引用について
 「もろもろの修多羅(しゅたら)に拠(よ)って」という言葉に始まる「化身土巻・末巻」は、まず十二種の修多羅=経典を引用する。そのほぼ最後の第十一番目に引かれるのが『菩薩戒経』である。その『菩薩戒経』の文を、親鸞の訓読にしたがって見てみよう。


『菩薩戒経』に言(のたま)わく、出家の人の法は、国王に向かいて礼拝(らいはい)せず、父母に向かいて礼拝せず、六親に務(つか)えず、鬼神(きじん)を礼せず、と。已上  (『真宗聖典』387頁)
この『菩薩戒経』の引用は、歴史学者の家永三郎が「『教行信証』の後序に示される峻厳(しゅんげん)なプロテストを発動させた基本的原理」(取意)「歴史上の人物としての親鸞」『日本思想大系 親鸞』492頁、岩波書店、1971年)などと述べるように、親鸞の批判精神を端的に示す文として注目されてきた。文章としては単純であるが、これまで「化身土巻・末巻」の文脈が十分に押さえられてきたとは言えず、検討を要する文である。
■ 『菩薩戒経』の文の意義

 まず問題としたいのは、この文が「礼拝せざれ」といった命令形でないという点である。そもそも「化身土巻・末巻」は「教誡」というテーマのもとで論述されてきた。そこでは、冒頭の『涅槃経』の文「仏に帰依せば、終(つい)にまたその余の諸天神に帰依せざれ」(『真宗聖典』368頁)に始まり、特に「終に邪神外道に帰依せざれ」(『地蔵十輪経』)、「余天を礼せざれ」(『集一切福徳三昧(じゅういっさいふくとくさんまい)経』)、「余天に事(つか)えざれ」(『本願薬師経』)と、天に帰依するなという命令形でもって「仏語の教誡」を親鸞は読み込んできたのである。その展開の終わりに至って、「鬼神を礼せず」と命令形で読まないのは不自然と言わざるを得ない。
 これに関連して、引用文の『菩薩戒経』原文での位置を考えたい。『菩薩戒経』は多くは『梵網(ぼんもう)経』と呼ばれ、大乗菩薩戒を説く経典として天台智顗(てんだいちぎ)をはじめ広く重要視されてきた。この経には十重四十八軽戒という梵網戒が説かれるが、引用文はその第四十軽戒にある。第四十軽戒は、人に戒を授ける際に上下貴賤(きせん)の区別をしてはならないとする戒であるが、その終わりに親鸞の引用箇所はある。この箇所は、例えば義寂(919~987)の『菩薩戒本疏』では「示彼道尊」(『大正蔵』40-685-b)とされる。そうすると親鸞の引用箇所は、戒そのものではなく、第四十軽戒を成り立たせる仏弟子の尊厳性を説くものと言えよう。
 この意味において親鸞が『菩薩戒経』の名のもとに引いた「出家人法」とは、具体的な戒を成立させる根本として、戒以前の法とでも言うべきものである。これを「化身土巻」の展開において見るならば、「仏に帰依せば、終にまたその余の諸天神に帰依せざれ」と命令形で確かめてきたその「教誡」を成り立たしめる法として、この『菩薩戒経』の引用はある。特に、本報告第13回で指摘したように、『地蔵十輪経』の引用には「大罪悪業を懺悔(さんげ)し除滅せずは、出家しておよび具戒(ぐかい)を受けしめざらんも、もしは出家してあるいは具戒を受けしめんも、すなわち罪を得ん」(『真宗聖典』386頁)と、鬼神を祭ることを懺悔しないならば具戒=梵網戒の受・不受を問わず罪を得ることになるとする文を引いていた。それは戒以前に問われるべき法があることを示しており、その戒の根本をこの『菩薩戒経』の「出家人法」に確かめたと考えられる。そうであるから、この経文は命令形で読まれていないのである。

■ 『菩薩戒経』の文の歴史的文脈
 ところでこの経文は、親鸞以前にも注目され、厳しい現実問題のなかで用いられたことがある。それが律の大家で『続高僧伝』の執筆者である唐の道宣(596~667)の『広弘明集』巻二十五「僧行篇」である。その状況とは、龍朔二(662)年の高宗(628~683)の勅によって、沙門は君親を拝すべきか否かが問題となり、仏教の経論を列挙にして沙門が俗を敬わないことを明らかにしようと道宣自身が訴えていくという場面である。(参照、礪波護「唐代における僧尼拝君親の断行と撤回」『隋唐の仏教と国家』中公文庫、1999年)


今列仏経論明沙門不敬俗者、『梵網経』下卷云、出家人法不礼拜国王父母六親、亦不敬事鬼神。『涅槃経』第六卷云、出家人不礼敬在家人。……  (『大正蔵』52-286-a)
ここで親鸞の引用箇所が、『梵網経』の文脈と無関係に、非常に政治的な文脈のなかで仏弟子の尊厳性を示すものとして、道宣によって第一に挙げられるのである。また、道宣と同学と言われる道世の『法苑珠林』卷第十九「敬僧篇」(『大正蔵』53-423-a)と『諸経要集』卷第二「敬僧篇」(『大正蔵』54-16-b)にも同文が引かれている。親鸞が引用した『菩薩戒経』の文は、このような政治との関わりという歴史的文脈をもった文なのである。
■ 「出家人法」の意義

 これまでの確かめを受けて、さらに問題となるのは「出家人法」である。「貴賤・緇素(しそ)を簡ばず」(『真宗聖典』236頁)と述べる親鸞にとって、「出家」という言葉がどのような意味をもちうるのか。
 「出家」という言葉に注目して「化身土巻」を見直したとき、一つの重要な文が浮かび上がる。それは、本報告第11回で言及した『大集月蔵(がつぞう)経』「忍辱品(にんにくほん)」の引用である。


もし衆生ありて、我がために出家し鬚髪(しゅほつ)を剃除(たいじょ)して袈裟(けさ)を被服(ひぶく)せん。たとい戒を持(たも)たざらん、彼等ことごとくすでに涅槃の印のために印せらるるなり。
 (『真宗聖典』385頁)
「出家」しつつ「無戒」である者がすでに涅槃に印されているとするこの文は、親鸞以前に『往生要集』(『真宗聖教全書』1-919頁)において破戒者がなお冥衆(みょうしゅ)の護持を受ける証文とされていた。さらに『末法灯明記』(『真宗聖典』366頁)の引用においても―「出家」という言葉は省略されているものの―「末法無戒」の証文として孫引きされていたように、「化身土巻」において最も重要な引文である。  この「出家」しつつ「無戒」である者が涅槃に印されているという説には、それ相応の根拠がなければならない。『末法灯明記』の引用からそれを確かめれば、『大集月蔵経』に続けて孫引きされた『大悲経』の次の一文が注目されよう。

一切沙門(しゃもん)の中に、乃至(ないし)一たび仏の名(みな)を称し、一たび信を生ぜんものの所作(しょさ)の功徳、終に虚設(こせつ)ならじ。  (『真宗聖典』367頁)
つまり、『大集月蔵経』に「出家」しつつ「無戒」である者が涅槃に印されていると説かれるのは、そこに称名念仏の信心があるからだということになる。
 このように確かめられる「出家」こそ、『菩薩戒経』における「出家人法」であると言えよう。先に挙げた道世の『法苑珠林』「敬僧篇」と『諸経要集』「敬僧篇」では、共に『菩薩戒経』の「出家人法」を挙げつつ、さらに同篇の後半において上記『大集月蔵経』(『大正蔵』53-427-a、54-18-b)と『大悲経』(『大正蔵』53-427-b、54-19-a)を挙げている。この点から見ても、『菩薩戒経』と『大集月蔵経』とに説く「出家」とは基本的に同一の事柄を意味することになる。
 このように見たとしても、「出家」とはあくまで身体的在り方において俗人と異なる「僧」を意味すると言える。この点について、さらに一言したい。繰り返しになるが、「化身土巻・末巻」はその冒頭に「仏に帰依せば、終にまたその余の諸天神に帰依せざれ」という『涅槃経』の文を引用することに始まる。そしてこの引用は本報告第3回で指摘したように、天台智顗の『法界次第』が三帰依を説くなかで「帰依仏」の証文とされていたものであった。親鸞はこの『法界次第』の三帰依の説を「化身土巻・末巻」の後半に引用するが、そこで注目されるのが「帰依僧」についての次の文である。  以上のように、『地蔵十輪経』から『本願薬師経』に至るまで、外道への帰依によって罪を得て、横の難に遭遇することを示し、その邪見・倒見を懺悔(さんげ)し外道と決別すべきであると親鸞は「教誡」するのであった。

三つには僧に帰依す。謂(い)わく、「心、家を出でたる三乗正行の伴(とも)に帰  するがゆえに。」
 (『真宗聖典』397頁)
この「謂わく」以下は取意の文であるが、そこで注目すべきは「心出家」という表現である。これを見る限り、親鸞が問題にする「出家」とは、身体における出家ではなく、心における出家なのである。その「心出家」とは、「帰依仏」という信がそれに当たるであろう。そして「帰依仏」こそ国王ないし鬼神に礼せざる「出家人法」なのである。この「心出家」において、「貴賤・緇素を簡ばず」して「僧にあらず俗にあらず」(『真宗聖典』398頁)という立場があらわとなる。
 おそらく親鸞は、この「出家人法」を純粋に実践しているものこそ専修念仏の輩だと言おうとしていると考えられる。それに対し、一連の報告で繰り返し言及してきたように、親鸞の当時行われた比叡山から専修念仏への批判の中心は「霊神を敬わないこと」および「戒をたもたないこと」にあった。親鸞にしてみれば、そのような主張をする比叡山こそ、形式的には戒をたもっていたとしても、その戒の根本にある仏弟子としての尊厳性はまったく見失われていると映ったに違いない。そのことが「教誡」をテーマに展開してきた経典引用の終わりの『菩薩戒経』に託されているのである。

(文責:親鸞仏教センター)
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