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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んでいる。これまで「化身土巻・末巻」における経典引用の展開について報告してきた。今回は、経典引用の最後『仏本行集経(ぶつほんぎょうじっきょう)』と、続けて引かれる『大乗起信論』の意義について考察していく。
 仏道の実際問題―『仏本行集経』と『大乗起信論』―
 親鸞仏教センター研究員 藤原 智

■ 『菩薩戒経』引用について
 まず『仏本行集経』「優婆斯那品(うばしなほん)」第四十五の冒頭からの引用である。『仏本行集経』は闍那崛多(じゃなくった)が西暦587~591(or592)に翻訳した釈尊の伝記である。この『仏本行集経』の引用は、釈尊の時代の直弟子が現実にいかに行動したのかという過去の実例を確認することに主眼があるのであろう。
 さて、『仏本行集経』は前生譚(ぜんしょうたん)・成道まで・教化伝道と大きく三部構成になる。今引用されている「優婆斯那品」は教化伝道の場面であるが、直前の「迦葉三兄弟品」第四十四と密接につながるので、そこから確認していきたい。「迦葉三兄弟品」には優婁頻螺迦葉(うるびんらかしょう)、那提迦葉(なだいかしょう)、伽耶迦葉(がやかしょう)という『大経』の会座(『聖典』1頁)にも登場する三兄弟の、出家の姿が説かれる。かれらは合計千人もの弟子をもつ大勢力であり、釈尊はまず三迦葉を教化し、それによりさらに多くの人を化せんとしたのである。この三迦葉の教化から仏陀の名が世に知らしめられることになる。三迦葉は、火を祀(まつ)る拝火外道(事火婆羅門)として描かれている。釈尊は、三迦葉それぞれに「火神を祭祀する諸器皿等の種種の調度を、彼の尼連禅河(にれんぜんが)の水中に向いて、皆擲却せしむべし」(『国訳一切経 印度撰述部』本縁部三241頁)などと、火神を祭祀する道具を棄(す)てよと語るが、ここに三迦葉がもっていた信仰のありさまがうかがわれよう。こうして迦葉三兄弟が仏のもとで出家することで「迦葉三兄弟品」は閉じられるが、これに続けて説かれるのが、親鸞が引用する「優婆斯那品」である。

■ 仏の直弟子のとった態度
その時にかの三迦葉兄弟に一(ひとり)の外甥(がいせい)、螺髻梵志(らけぼんし)あり。その梵志を優婆斯那と名づく。乃至 恒(つね)に二百五十の螺髻梵志弟子と共に仙道を修学しき。
 (『聖典』387頁)

ここに登場する優婆斯那は三迦葉の甥(おい)であり、三迦葉と同様に火神を祀る梵志(バラモン)として生きていたようである。ここで「乃至」とあるが、それは「一山に在住す。その所住の山を、阿修羅と名く。」(『国訳一切経 印度撰述部』本縁部三246頁)という短文であり、親鸞がこの文を省略した意図は不明である。


彼、その舅(おじ)迦葉三人を聞くに、もろもろの弟子、かの大沙門の辺に往詣(おうげい)して、阿舅(あきゅう)、鬚髪(しゅほつ)を剃除(たいじょ)し袈裟衣(けさえ)を着ると。見已(おわ)りて、舅に向かいて偈を説きて言わく、  (『聖典』387頁)
優婆斯那は叔父の三迦葉が弟子と共に釈尊のもとで出家した姿を見聞きして、偈を説いたという。この文章は読みにくいが、実は『大正大蔵経』(3-851-a)と比較すると、81文字ほどの脱落がある。原文の意は「優婆斯那は叔父の三迦葉とその弟子が釈尊の下で出家したことを聞き、それを喜ばなかった。そしてそのことを叱りに三迦葉の下へ行き、かれらの姿を見て偈を説いた」というものである。親鸞が見た原文自体での脱落の可能性が高いが、もし仮に親鸞の意図的な削除だとするならば、優婆斯那が三迦葉の出家を喜ばず、それを不善事であり訶責(かしゃく)すると言って三迦葉のもとへ向かうという、その釈尊に反抗する態度をなかったことにしたかったのであろうか。

舅に向かいて偈を説きて言わく、「舅等、虚(むな)しく火を祀ること百年、また空(むな)しくかの苦行を修しき。今日(こんにち)同じくこの法を捨つること、なお蛇(じゃ)の故(ふる)き皮を脱ぐがごとくするをや。」
その時にかの舅迦葉三人、同じく共に偈をもって、その外甥(がいせい)、優婆斯那に報じて、かくのごときの言を作(な)さく、「我等、昔空しく火神を祀りて、また徒(いたずら)に苦行を修しき。我等、今日この法を捨つること、実(まこと)に蛇の故き皮を脱ぐがごとくす」と。抄出  (改行筆者、『聖典』387頁)
さて、優婆斯那が三迦葉に説く偈とその応答である。優婆斯那は呵責(かしゃく)せんとやってきているのであり、火を祀るのは虚しく、苦行もまた空しいものであり、それを捨てると言うのかと三迦葉に言いたいのである。それに対し三迦葉は、実にその通りだとほぼ同じ言葉で応答し、仏弟子の取るべき態度を表明するのである。ところで、優婆斯那の偈文の最後の言葉について、親鸞は初め「なお蛇の故き皮を脱ぐがごとくするや」と読んでいたが、後に「なお蛇の故き皮を脱ぐがごとくするをや」と訂正している(大谷大学編『顕浄土真実教行証文類 翻刻篇』631頁注①)。疑問の「や(~か)」から詠嘆の「をや(~だなあ)」になっているのである。そこには優婆斯那の言葉を、問い詰めるようなものでなくする意図があったのだろうか。
 ともかく親鸞は、この『仏本行集経』引用をもって、歴史的事実として釈尊の直弟子の行動を確かめた。それは、仏陀に帰依するとき、それまでの火神を祀るという宗教的行為に対して、これを空虚なものだとまったく捨ててしまうという決別の態度である。仏弟子の取るべき態度を歴史的事実に確かめることをもって、「末巻」冒頭の『涅槃経』の「仏に帰依せば、終[つい]にまたその余の諸天神に帰依せざれ」という教誡の言葉を締めくくったと言えよう。

■ 『大乗起信論』引用について
 『大乗起信論』は馬鳴(めみょう)造、真諦(しんたい)訳と伝えられるが、そのどちらも現在では疑問視されている。『起信論』全体の組織は、「因縁分」「立義分」「解釈分」「修行信心分」「勧修利益分」の五章に分けられるが、今引用されているのは「修行信心分」のなかの止観の「止」についての箇所である。そこでは真如三昧に入り、この三昧を根本とし、さらに無量の三昧が生ずることが説かれていく。その展開のなかに親鸞の引用箇所がある。ただし、この「真如三昧」に関する文言は一切引いていない。
 親鸞がなぜこの『起信論』に注目したのか。「化身土巻」本巻に引用されている『末法灯明記』は、仏滅後の推移について「六百年に至りて後、九十五種の外道競(きお)い起こらん。馬鳴、世に出でて、もろもろの外道を伏せん」(『聖典』361頁)と説いていた。この外道を伏する教説として、馬鳴造とされる『起信論』の引用があると考えられよう。
 また親鸞は引用の際に、経・論・釈という順序を守り、仏説たる経典の意図を菩薩の論書で押さえていく。その意味で、この『起信論』引用は、これまでの経典引用の眼目が何だったのか確認するものだとも言えよう。

■ 世間の名利への貪着
『起信論』に曰(い)わく、あるいは衆生ありて、善根力なければ、すなわち諸魔・外道・鬼神のために誑惑(おうわく)せらる。  (『聖典』387頁)

 引用は初めに、衆生に善根力がなければ諸魔・外道・鬼神に惑わされるのだという。そして、それがどのようになされるのかが以下に説かれていく。代表を挙げれば「あるいは天像・菩薩像を現じ、また如来像の相好具足せるを作して」(同前)、「これ真の涅槃なりと説かん」(同前)、「よく衆生をして世間の名利の事に貪着せしむ」(『聖典』388頁)などと、諸魔・外道の惑わしは、天・菩薩・如来の姿をとって現われ、そしてさまざまな大乗の教理をもって「真の涅槃なり」と説くのであるが、それらは世間の名利に執着させるものであるという。
 ここで問題は、いかに仏教の事柄であっても、それが名利に結びつき外道化してしまうという点である。恐ろしい悪魔の姿であれば誰もが警戒するのである。しかし「これこそが仏教だ」という姿で諸魔は現れるのだというのである。これは大問題である。仏教の学びそれ自体が根底から問い直される言葉であろう。そして引用は次の文で閉じられる。


この義をもってのゆえに、行者常に、智慧をして観察して、この心をして邪網(じゃもう)に堕せしむることなかるべし。当に勤めて正念にして、取らず着せずして、すなわちよくこのもろもろの業障(ごっしょう)を遠離(おんり)すべし。知るべし、外道の所有の三昧は、みな見愛我慢の心を離れず、世間の名利恭敬(くぎょう)に貪着するがゆえなり、と。已上  (『聖典』388頁)
このようないわれがあるから、心を邪網に堕(お)ちないようにせよと『起信論』は語る。そのためには「正念」たることが必要である。その「正念」は、親鸞の定義では「行巻」に「南無阿弥陀仏はすなわちこれ正念なりと、知るべしと」(『聖典』161頁)とあった念仏であろう。
 親鸞が本願念仏の教えとの出遇いにおいて知ったことは、「誠に知りぬ。悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没(ちんもつ)し、名利の太山(たいせん)に迷惑して、定聚(じょうじゅ)の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快(たの)しまざることを、恥ずべし、傷(いた)むべし、と」(『聖典』251頁)という名利の太山に迷惑する自分自身である。そのことをどこまで真摯(しんし)に見据えられているかが問題である。もしそれを忘れるならば、ただ「世間の名利恭敬に貪着する」のみだと親鸞は言いたいのである。その自己の姿を「悲しきかな」と慚愧(ざんき)の思いで知るところにこそ、「世間の名利」を遠離しようとする意欲があるのだというのではないか。
 『起信論』の引用を通して親鸞は、仏に帰依しつつ「世間の名利恭敬に貪着する」ところに外道に惑わされる人間のありさまがあると明示して、大きな一つのまとめとするのである。そして、ここに説く「見愛我慢の心」という衆生の「見」の問題こそ、本報告第五回で示したように「末巻」を一貫する課題として、押さえられるべきものであった。

(文責:親鸞仏教センター)
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