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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 2016年3月7日、東京国際フォーラム(有楽町)において、大谷大学文学部教授である加来雄之氏をお招きし、「「対偽対仮」という営み―「顕浄土方便化身土文類」の課題―」というテーマで、『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会を開催した。『教行信証』全6巻のなかで、最後の「化身土巻」が担う課題とは何であるのか。親鸞の「真の言は偽に対し、仮に対するなり」という言葉を手がかりにお話しいただいた。ここにその研究会の一部を紹介する。
 「対偽対仮」という営み
    ―「顕浄土方便化身土文類」の課題―

 元親鸞仏教センター研究員 藤原 智

■ 『教行信証』における「仏身仏土」
 「信巻」に善導の「真仏弟子」という言葉を解釈する「「真」の言は偽に対し、仮に対するなり」(『真宗聖典』245頁)という親鸞聖人の言葉があります。仏弟子として偽に対し仮に対するとは、一体どのような具体的な事実なのか。そのことを説き明かそうとするのが「化身土巻」である、このように言っていいと思います。
 少し思い切ったかたちで、「真言」という言葉を「真仏土巻」に当ててみます。私は「真仏土巻」のもつ意味が、「化身土巻」を考えていくときに、非常に大きな視点を与えてくれるものだと思っています。つまり、真仏土という世界はどういう世界か。それはどこまでも自分の光明・寿命が包めないものがあるならば、私は本当の覚(さと)りを得ることはできない。どこまでも迷いの衆生というものに、言葉となって関わっていこうとする、そういう精神そのものが「真仏土巻」に表わされています。そしてそのような世界が、衆生の具体的な苦しみや悩みを縁としてはたらいてくる、その道理を私たちに示しているのが「化身土巻」であろう。こういう大まかな押さえ方をしています。
 では、「仮」と「偽」とは一体何なのか。「仮」という問題は教えを聞く私たち人間の在り方という問題です。それに対して「偽」は思想性の問題です。この「対偽対仮」という課題は、二つの問題が並列してあるのではなく、一つの課題というものを果たし遂げていくために重層的な表現をとっています。真の仏弟子とは、この仮・偽という問題を自らの問題として深く受け止めていくという存在が押さえられています。
 その「対偽対仮」がどうして「仏身仏土」として語られねばならなかったのか。つまり、浄土とは一体何ぞや。浄土というものは、如来が私たちを包む世界を表わし、その世界にどのようにして出遇(あ)うのか、そういう問題が表現されています。仏身仏土というものは、どこまでも如来がわれわれを摂化するそのはたらきというものを表わしている、この一点を決して崩さない。「化身土巻」は、方便悲願が教えとなって、教えのはたらきとして如来が私たちの仮・偽なる在り方にどこまでも関わってくるのだということです。そして如来のはたらきのなかにきちんと自分というものを位置付けていきます。
 「化身土巻」というものが見つめている現実とは、濁世(じょくせ)・穢悪(えあく)と示される私たちが、仏教に出遇いながらどうして仏道を生きることができないのか、という課題です。そういう在り方を問い直すということが、「化身土巻」に引かれているさまざまな教えのはたらきだと思います。その如来のはたらきのなかにある自己、有限なる私というものをどのように回復していくのか。つまり、私たちが生きているこの濁世において、如来のはたらきというものをどのように受け止めていくのか。こういう問題が「化身土巻」の課題であろうというふうに思います。

■ 方便化身土の根本課題─濁世・末代の道俗─

 そのはたらきに出遇っている自覚内容、これが実は一般に三願転入の文と呼ばれている内容だと思います。私はそれを「願海に入る」という言葉で表わしました。つまり如来の願いのなかにあるという、この自覚として受け止めるべきだと。つまり、私たちがただ念仏するということは、その実践的な意味は私たちが如来のはたらきのなかに自己を見いだすということです。そうすれば、私たちはその如来の言葉というものに本当に出遇っていく存在として、この世を歩むことができます。
 この自覚を通して、初めて私たちは仏説というものに本当に依っていくということがはっきりするわけです。仏の教えに依るとはどういうことなのか。それは仏滅後のわれわれに遺(ゆい)教として示される「四依」という問題を押さえてくる。つまり濁世であって、しかも末代。お釈迦さまがいない時代を生きる存在として教えというものに出遇っていかねばならない。そこに初めて「教誡(きょうかい)」という問題が出てきます。
 「教誡」というのは、濁世をいたむお釈迦さまの大悲によってさまざまな教えが説かれているのだ、ということを回復せよ、ということです。そういう課題として受け止めるならば、この「教誡」という言葉でなされてくるのは、人間性を見失わせるようなさまざまな事柄というものをどのようにお釈迦さまは受け止めようとしたのか。その精神に出遇うための課題なのです。
 こういう大きな視点というものが示されたときに、現代において、私たちにおいて、仮なるものはどのようなかたちで私たちを縛っているのか。偽なるものはどのようなかたちで私たちを包んでいるのか。ひょっとすると、浄土真宗の言葉を語りながら、私たちは仮に取り込まれたり、偽のなかに埋没していたりするかもしれないわけです。そういう問題を問い直すための具体的な道を「化身土巻」は非常に厳密に記述していこうとされているのだと思います。

(文責:親鸞仏教センター)

※加来雄之氏の講義と質疑は、『現代と親鸞』第35号(2017年6月1日号)に掲載予定です。

加来 雄之(かく たけし)氏 大谷大学文学部教授
 1955年京都府生まれ。1978年大谷大学文学部仏教学科卒業、1984年同大学大学院文学研究科博士後期課程真宗学専攻満期退学。2010年より大谷大学文学部教授。専門は真宗学。  著書に、『『大無量寿経』の讃歌と問答―曇鸞撰『讃阿弥陀仏偈并論』を読む―』(東本願寺出版)など。論文に、「入願海―方便化身土を開顕する意義」(『眞宗研究』第56輯)など多数。
 また、2011年2月18日に「清沢満之研究会」にご出講いただき、「清沢満之と宗教言説―自足と修養―」をテーマにご講義いただいた。その詳細は『現代と親鸞』第23号に収録されている。
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