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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んできた。「化身土巻・末巻」には大部の引用として、法琳『弁正論』(べんしょうろん)がある。今回は第19回報告でわけた、その引用⑤・⑥を見ていきたい。
 『弁正論』引用の読解 Ⅳ ―天上天下に尊き釈尊―
 元親鸞仏教センター研究員  藤原 智

■ 第一喩(上)とのつながり
 引用⑤は『弁正論』十喩篇(下)の第一喩である。十喩篇(下)は、再び十ヶ条の対論が行われる。(上)は、道教側・仏教側の双方の端的な主張に対して開士が論評するという形式で展開したが、(下)は双方の主張がより具体的に述べられていく。(以下、一々指摘はしないが、引用文は親鸞の自筆本に従い適宜『真宗聖典』の記述を訂正した文を示す)


内十喩、答外十異
外、生(しょう)より左右異一 内、生より勝劣(しょうれつ)有り
内喩(さとして)曰、左袵(さじん)はすなわち戎狄(じゅてき)の尊む所、右命(ゆうめい)は中華の尚(たっと)む所とす (『真宗聖典』391頁)
⑤の初めの「外従生左右異一 内従生有勝劣」という文は道教側・仏教側の主張の標題である。しかし、道教側は標題が示されるだけで、その主張自体は省略される。そして仏教側の主張だけが引用されていく。これは恐らく、表題をもって引用①(本報告第20回参照)と同内容であり、その続きだとするものであって、道教側の主張を繰り返し引くことにあまり意味を感じなかったのであろう。
 第一喩の論点は、老子と釈尊の出生の左右から、その差異を論ずるものであった。そこでは仏教側はまず次のように述べていく。左袵とは着物を左前に着ることであるが、それは野蛮人の尊ぶところであり、中国では右の地位に任命されることが尊ばれるのだ、と。そしていくつかの例が示されつつ、一応の結論として「あに右は優(まさ)りて左は劣るに非ずや」(同前)と押さえられていく。

■ 「畫(画)」の字の意味について

 左右について基本的の枠組みが押さえられた上で、次に老子と釈尊の対比が行われる。今、ここで注目したいのが、老子の行実に関して述べられる箇所である。ただし、ここは少々文章の混乱が見られる。どこまで親鸞の意図があるか注意が必要だが、問題となる箇所だけ取り上げたい。
 まず老子(李耳)の行実として「常子(しょうし)、疾(やまい)あるに及びて、李耳(りじ)往きて疾を問う」(同前)、「李耳、涓子(けんし)に従て九仙(きゅうせん)の術を学ぶ」(同前)という二つの事柄が示される。その後に、通常であれば次の文が続く(なお『真宗聖典』は編集で通常の読みに変更している)。


太史公らの衆書を検するに、「老子、左腋(さえき)を剖(ひら)いて生まる」と云わず。すでに正しく出でたることなし。承信すべからざること明らけし。
太史公などのさまざまな書物を調べると老子が左腋から生まれたとは書いておらず、道教側はそもそも老子の生涯について捏造(ねつぞう)しているのだ、というのがこの文章の意であろう。
 しかし、『教行信証』ではここの初めの「検太史公等衆書」(『大正蔵』52‐527‐上)という文が「撥太史云等衆畫(撥〈はい〉するに太史に云〔く〕衆畫〈しゅうえ〉を等〔しき〕か:〔〕内筆者補足)」となっている。これでは意味がよく読み取れない。この親鸞の訓読について、井上円は「「多くの画を等しくするではないか」と、太史は老子を撥して述べている」(井上円「学びを共にする」〔藤場俊基『顕浄土方便化身土文類の研究―『弁正論』―』増補第3刷233頁:初出『親鸞教学』第60号68頁、大谷大学真宗学会、1992年〕。丸括弧内は省略した。)と理解している。今はそれに従いたい。
 このように理解したとき、問題となるのは「畫(画)」の字である。親鸞はこの字に「クワヲ」の振り仮名のほか、左右に「ヱ」「カクトモ」と付けて注意している。これが何を意味するのか。実は「畫」の字に「ヱ」「カク」と付ける箇所が、『教行信証』にはもう一箇所だけある。それは後序の「空の真影(しんねい)申し預りて図畫(ずえ)し奉(たてまつ)る」(『真宗聖典』399頁)と記される法然の真影の図画の記録である。親鸞はこのことを『選択集』の書写と共に「これ専念正業の徳なり。これ決定往生の徴(しるし)なり」(同400頁)と、感激をもって記す。唯一無二の師である法然に出遇い、印可を受けたというべきこの事実は、親鸞の生涯で最大の事件であった。
 もし、ここに連関が認められるならば、「画」とは本当に尊ぶべき師の存在を象徴する言葉であると言うことはできないだろうか。そうすると「多くの画を等しくする」とは、老子が常子・涓子といった人々に問うてまわることを指すと考えられ、それは真理に出遇えず迷い続けているのだということを意味しよう。それゆえに「承信すべからざること明らけし」(同391頁)だ、と言いうるのだとされているのではないか。

■ 釈尊が出現する天下という場

 このような老子に対し、⑤は最後に釈尊について次のように述べる。


釈迦、無縁の慈を超えて、有機(うき)の召(ちょう)に応ず。その迹(あと)を語るなり。乃至。 (『真宗聖典』391頁)
この文は本来「その迹を語れば、則(すなわ)ち行は三祇(さんぎ)に満ち、相は百劫に円なり」(『大正蔵』52‐527‐上)と続くのであるが、親鸞は「語其迹也」で切っている。ここは「前後の関係から絶対にここで切れないんです」(福永光司『弁正論講義』219頁)、と指摘されるところである。親鸞は無理を承知で、ここで文章を切り、「乃至」の語を置いて、続けて⑥の第三喩の次の文に接続するのである。

それ釈氏は天上天下に介然(かいぜん)として、その尊に居(きょ)す。三界六道、卓爾(たくじ)としてその妙を推(お)す。乃至 (『真宗聖典』391頁)
恐らく親鸞は、この第三喩の表現でもって、⑤の釈尊の「迹」の内容としようとしたのであろう。
 ところで、なぜ第一喩ではなく、第三喩の文章をもってきたのか。注目すべきが「天上天下」である。この言葉は、筆者が閲覧した限りすべてのテキストで「天上地下」(『大正蔵』52‐527‐下)となっていた。断言はできないが、ここに関しては親鸞が「地下」を「天下」に書き換えた可能性もあると考えている。
 『教行信証』「教巻」では顕真実教の証文として『大経』とその異訳が引かれるが、その異訳の『平等覚経』では「今、我(われ)仏に作(な)りて天下に出でたり」(『真宗聖典』154頁)とあった。またこの「化身土巻」でも、『月蔵経』を引いては「四天下を誰が護持養育するのか」ということが問題とされていた。「天下」とは、仏が出現し、また仏法が護持されるべき場である。そして、それは親鸞が生きている場でもある。
 また親鸞は、曇鸞の『讃阿弥陀仏偈』をほぼそのまま和訳するかたちで「讃阿弥陀仏偈和讃」を作っている。その際、『讃阿弥陀仏偈』において「この世界において比方なし」(『真聖全』1‐357頁)とあった箇所を、「和讃」では「天上天下にたぐいなし」(『真宗聖典』481頁)と言葉を変えている。さらに『阿弥陀経集註』では、『阿弥陀経』序分の釈尊について、善導の『法事讃』巻下から「邪魔外道、尽く帰宗す。天上天下に仏に過ぎたるは無し」(『定親全』7‐註釈篇1-223頁)という言葉を注記する。親鸞は「天上天下」という言葉に注意を払っていると言えるだろう。
 そして、この「邪魔・外道」が帰する存在として「天上天下」に特尊たる仏陀釈尊が、『弁正論』を引用する親鸞の念頭にあったのではないか。そこで親鸞は、⑤の「釈迦、無縁の慈を超えて、有機の召に応ず」という文に、⑥の「それ釈氏は天上天下に介然として、その尊に居す」を接続した。それによって、老子に対して比較を絶しつつ、三界六道の衆生の要求に応じた尊き存在として釈尊を顕彰しようとしたのではなかろうか。

(文責:親鸞仏教センター)

※『弁正論』引用の全体については『現代と親鸞』第31号(2015年12月1日号)に論文として掲載しています。(出版物紹介のページから見ることができます)

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