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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んできた。「化身土巻・末巻」には大部の引用として、法琳『弁正論』(べんしょうろん)がある。今回から第19回報告で引用文を四つに分けたなかの第二段落に入る。その初めの引用⑦を見ていきたい。
 『弁正論』引用の読解 Ⅴ ―仏教と外教の思想的相違点―
 元親鸞仏教センター研究員  藤原 智

■ 道教側からの思想的批判
 『弁正論』の引用について、本報告第19回では大きく四つにわけた。その第二段落が引用⑦~⑩までである。第一段落では常に道教側と仏教側の主張が対比されていたが、この第二段落では初めの⑦で道教側の批判が引用されてから⑩まで、一貫して仏教側の応答の箇所のみが引用されている。それは⑦での批判に、⑩までの文をもって答えようとしたものと考えられる。そしてその内容も、これまでとは「やや様相が変り、道教・仏教双方の思想内容に踏み込んだ論議が展開されていく」(藤場俊基『顕浄土方便化身土文類の研究―『弁正論』―』86頁、文栄堂、1991年)ものとして、特に注目されるのである。今回はその引用⑦前半での道教側の批判について見ていきたい。

⑦は十喩篇(下)第十喩からの引用である。そこで引かれた道教側(外論)の主張は次の通りである。(一々指摘はしないが、引用文は親鸞の自筆本に従い適宜『真宗聖典』の記述を訂正した文を示す)


外論に曰わく、
老君、範(はん)と作(な)す。ただ孝、ただ忠、世を救い人を度す、慈を極め愛を極む。
ここをもって声教(せいこう)永く伝え、百(はく)王改まらず、玄風(けんぷう)長く被(かぶ)らしめて、万古(ばんこ)差(たが)うことなし。
このゆえに国を治め家を治むるに常然たり、楷式(かいしょく)たり。
釈教(しゃくこう)は、義を棄て親を棄て、仁ならず孝ならず。
闍王(しゃおう)、父(ふ)を殺せる、翻(ほん)じて𠍴(とが)なしと説く。調達(じょうだつ)、兄を射て、無間に罪を得。
これをもって凡(はん)を導く、更に悪を長(ま)すことをなす。これをもって世に範(のり)とする、何ぞよく善を生ぜんや。
これ逆順の異、十なり。 (改行筆者、391~392頁)
大きく意味をとれば次のようになるだろう。老子の教えは「忠」と「孝」を教えるものであり、それは世と人を救う慈愛の極みである。だからこそ、古くから国や家を治める規範とされてきたのだ。対して仏教は、正しい教えを捨て、親も捨ててしまう。それは「仁」でも「孝」でもない。父親を殺した阿闍世(あじゃせ)王には罪がないと説くが、提婆達多(だいばだった)が従兄である仏陀釈尊を殺そうとしたら、無間罪だという。このような教えで世の人々を導こうとしたら、悪を増長させるだけであり、善が生まれることはないのだ。(なお「忠」や「孝」は儒教の主張であり、本来老子の教えではない。福永光司は「これは四世紀以後、体制内宗教に変わった道教の立場」〔『弁正論講義』223頁、九州教学研究所、2003年〕と指摘する。)

 これが、親鸞が注目した道教側が仏教側へ向けた批判である。「内外互いに道徳を論ずる文で、特に留意すべきもの」(金子大榮『教行信証講読―真化巻』『金子大榮著作集』第8巻394頁、春秋社、1981年:初出『仏座』第78号、仏座社、1932年)と指摘されるこの批判は、「出家不孝論を展開している」(池田勇諦『『教行信証』に学ぶ(九)』118頁、真宗大谷派東京教区、2015年)ものと言えよう。そして、これこそ「親鸞は「十喩篇」のなかで、この文が道教と仏教の相違を良く示していると考えられたのではないか」(中山彰信「宗教的比較思想の考察―親鸞の仏教と道教の比較を中心として―」『印度学仏教学研究』第50巻第1号、日本印度学仏教学会、2001年)とも言われるように、まさに仏教と道教の思想的異なりを示す重要な議論として、親鸞が見いだしたものである。そして、親鸞がこの批判を選んで引用するのは、これまでにも述べてきたが、単なる過去の議論ではなく、現に親鸞を含めた専修念仏に向けられた批判と同質のものと受け止めたからであると考えられる。

■ 専修念仏への批判である「不孝の罪」

 そこで、引用⑦での「出家不孝論」として展開される道教側の批判を念頭に、当時、親鸞の専修念仏を批判した「延暦寺大衆解」を見てみよう。すると、その第三条にある次の文が注目される。


それ人倫の行は、孝より大なるはなし。孝道の道は、先例に遵(したが)うに在り。是(これ)を以(もっ)て、先王の法言に非(あら)ずば、敢(あ)えて言わず、先王の徳行に非ずば、敢えて行わず。(中略)しかるに一向専修興盛の後、弥陀に非ざれば、尊容を拝さず、念仏に非ざれば、法音を聴かず。人心諂曲(てんごく)にして、祖業墜ちなんとす。不孝の罪、何を以てこれに如かん。先霊、恨みを含み、上天、瞋(いか)りを生ずるか。 (中略筆者、原漢文『大系真宗史料』文書記録編1‐88頁、法藏館、2015年)
ここでの批判は、専修念仏は称名念仏以外を捨ててしまうという点にある。具体的には、それまで日本で大事にされてきた薬師や釈迦の本尊、『法華』や『般若』の講会が顧みられなくなっており、それが「人倫の行」という点から先霊・上天の怒りを招く「不孝の罪」だとして批判するものである。

 また、すでに本報告第11回で見た「延暦寺大衆解」第六条では、専修念仏が「戒」をもたないことが批判されていた。そこでの「戒」は「五戒」に代表されるが、それは直ちに「仁・義・礼・智・信」という「世間の五常」に等置されるものと把握され、その「五戒=五常」を捨てる専修念仏の教えは「王者の律令」を廃するものだとされた(同前90頁)。こうして延暦寺は朝廷に専修念仏の取締りを訴えていたのである。

 朝廷に上奏したものであるため、特に「人倫の行」「世間の五常」「王者の律令」といった点が強調されているのであろうが、このような仏教以外の観点から専修念仏は批判されたのである。言わば、国家秩序に寄与しない仏教は取り締まるように仏教者が政府に訴えているのである。これは大問題である。この「不孝の罪」として専修念仏を断罪しようとする延暦寺の主張と、『弁正論』における「不仁不孝」として仏教を断罪しようとする道教側の主張と、その主張の内実にどれ程の差があるだろうか。(参照:柏原祐泉『「顕浄土方便化身土文類」の考察』166~169頁、東本願寺出版部、2000年)

 先に、当時の専修念仏に向けられた批判が唐代初期に道教側が仏教側に向けた批判と同質であると親鸞は受け止めたのではないかと指摘したが、少なくとも具体的に両者がまったく同じ「不孝」といった言葉で批判をしていることは確認できた。これを偶然と見ることもできようが、ここに親鸞の問題意識、「仏法と世俗倫理との異質性の主張」(前出柏原169頁)があったのだと考えたい。

 つまり、専修念仏を「不孝」と断罪する比叡山は、仏教とは何かをもうまったく見失ってしまっており、仏教批判を行った唐代初期の道士たちと思想的に同質となってしまっているのだと。このように、『弁正論』引用は親鸞にとって現実の問題に直接答える非常に重要な位置にあるものであるが、特にこの⑦から続く議論は思想的問題として引用の中核となるものなのである。

 さて、この問題は『教行信証』においては『弁正論』だけにとどまる問題ではないだろう。『弁正論』での議論で、道教側は「不孝」の代表として阿闍世を挙げて批判していた。その不孝の罪を背負った阿闍世が本当に救済されるのか。もし救済されるならば、それはどのような事実として起きるのか。これが宗教的救済を明らかにする核心的問題であるならば、親鸞の思索はこの点を解明することに向かうはずである。そして、六師外道の思想によっては救われることのなかった阿闍世が、唯一仏陀によって救済されていくことを、親鸞は「信巻」において多くの紙数を割いて重点的に確かめていくことになる。それは倫理と宗教をめぐる、現代にまで通じてくる大問題である。この阿闍世の救済譚(たん)は『教行信証』にのみ見られるものであり、その点から親鸞が主著『教行信証』に託した思想的課題の一つであったと言えよう。しかし、この阿闍世の問題に関して、「化身土巻」の読解を行う本報告では以上の指摘にとどめておきたい。

(文責:親鸞仏教センター)

※『弁正論』引用の全体については『現代と親鸞』第31号(2015年12月1日号)に論文として掲載しています。(出版物紹介のページから見ることができます)

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