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研究活動報告
『教行信証』「化身土巻・末巻」研究会
 親鸞仏教センターでは、現代社会と親鸞思想の接点を探るという目的のもと、親鸞の主著である『教行信証』「化身土巻・末巻」の研究に取り組んできた。「化身土巻・末巻」には大部の引用として、法琳『弁正論』(べんしょうろん)がある。前々回から第19回報告で引用文を四つに分けたなかの第二段落に入っている。今回は前回に引き続き、引用⑦における仏教側の反論を見ていきたい。
 『弁正論』引用の読解 Ⅶ ―平等性と利己主義―
 元親鸞仏教センター研究員  藤原 智

■ 出家者の基本的立場
 仏教と道教の対論書である『弁正論』の引用のなかで、最も重要と考えられる議論が十喩篇(下)第十喩(引用⑦)である。これまでの二回の報告で確かめてきたことは、道教側の主張として、その忠孝の教えが世を救い、人を度す慈愛の極みであるのに対して、仏教は義を棄(す)て親を棄てる不仁不孝の教えだ、という批判がなされた。そして、それに対して仏教側は、まず「義」を口やかましく言わなければならないのは真の道徳が欠けているからだと応答していた、ということである。それは、宗教と倫理がどのように関わるのかという、現代にも繫(つな)がる重要な議論であろう。今回の報告箇所は、これまでの議論に続いて、仏教側の立場が明確に示されていくことになる。以下、本文を見ていこう。(一々指摘はしないが、引用文は親鸞の自筆本に従い適宜『真宗聖典』の記述を訂正した文を示す)


仏経(けい)に言わく。識体(しょくてい)、六趣(りくしゅ)に輪回(りんかい)す。父母に非ざるなし。生死変易(はんえき)す。三界、熟(だれ)か怨親(おんしん)を弁(わきま)えん。
また言わく、無明(ぶめい)慧眼(けいがん)を覆う。生死(せいし)の中に来往す。往来して所作(しょさ)す。更に互いに父子たり。怨親しばしば知識たり。知識しばしば怨親たり。
ここをもって、沙門(しゃもん)、俗(しょく)を捨て真に趣(おもむ)く。庶類を天属(てんしょく)に均(ひと)しうす。栄を遺(す)て道(とう)に即(つ)く。含気(がんき)を己親(こしん)に等しくす。〔行(こう)普く正しきの心、等しく普き親の志〕 (『真宗聖典』392頁)
 まず二つの引用で、仏教の基本的立場が示される。なお前者の典拠は不明であるが、後者は『十住毘婆沙論』(『大正蔵』26-59b)である(『現代教学』第十・十一号101頁、真宗教学研究所東京分室、1985)。その内容は、三界六道の迷いの輪廻を繰り返してきたなかで、あらゆるものが父母となって関わってきているのであり、怨と親、敵と味方を分けることなどできないのだ、というものである。『歎異抄』第五条を髣髴(ほうふつ)とさせる見解であるが、それは仏教の出家主義が「親を棄てる」という「不孝」の教えだと批判されたことを受けるものである。この引用を受けつつ「沙門」、すなわち出家者は世俗・栄華を棄てて、真・道に向かう。そして「庶類」「含気(気を含むもの=生物)」、すなわちあらゆる衆生を自己の親兄弟と等しくするのだという。このように、仏教徒はあらゆる衆生を自分の親と等しくするという立場を確認しつつ、道士の批判に対して次のように応答していく。

■ 仏教側が指摘する道教側の問題点

また、道は清虚を尚(たっと)ぶ。爾(なんじ)は恩愛を重くす。法は平等を貴(たっと)ぶ。爾は怨親を簡(きら)わんや。あに惑に非ずや。 (『真宗聖典』392頁)

宗教的真理である「道」というものは、清らかでとらわれのない心を尊ぶ。しかし、あなたたちは恩愛を重んじている。真理の法は平等ということを尊ぶ。しかし、あなたたちは敵と味方を選び分けようとしているのではないのか。それは間違いではないか。
 この仏教側からの応答は、道士が仏教について親を棄てる教えだと批判したことを、逆にその忠孝の教えが家族主義、国家主義というある種の利己主義に他ならないと批判するものである。ところで、親鸞は「爾」に「なんじ」という訓を付けている。すでに藤場俊基が指摘しているが(『顕浄土方便化身土文類の研究―『弁正論』―』96頁、文栄堂、1991)、そう記す親鸞には「なんじ」と呼ぶべき具体的な論敵が想定されていたと考えられる。そして、これまでの報告で繰り返し確かめてきた当時の文脈からすれば、この「なんじ」に想定されているのは、専修念仏を「不孝の罪」だと批判する延暦寺であったと言えよう。
 法然が専修念仏を提唱したのは、『選択集』によると阿弥陀仏が「平等の慈悲」(『真聖全』1-945頁)に催され、誰にでも可能な易行として称名念仏を選択したからだという。そして、本報告第五回で指摘したように、『弁正論』に先立つ『日蔵経』引用では魔波旬が仏陀を「平等無二の心」(『真宗聖典』372頁)と讃え、続く『月蔵経』引用では「悪知識に近づきて心に他の過(とが)を見る。この因縁をもって、悪鬼神に生(う)まる」(同前373頁)と、「他の過を見る」という平等性の喪失=邪見により悪鬼神が生まれることが説かれていた。親鸞は、法然の思想の根底を阿弥陀仏の平等の大悲にあると確かめ、その平等の大悲が理解できないところに専修念仏への批判者の思想的問題を見いだし、上記の経典引用を行ったと言えよう。
 『弁正論』での「法は平等を貴ぶ。爾は怨親を簡わんや」という議論の引用は、上記の『月蔵経』が説く悪鬼神を生み出すものこそ「唯孝唯忠」を教える外教の思想なのだと見るものである。そして、さらに言えば、後序での「主上臣下、法に背き義に違し、忿(いかり)を成し怨(うらみ)を結ぶ」(同前398頁)という言葉で示される、承元の法難から続く専修念仏批判の根底を、この「法の平等性」の喪失だと指摘するものにほかならないのであった。

■ 親を忘れる忠孝の教え

勢競(せいけい)、親を遺(わす)る、文史明事。斉桓(せいかん)・楚穆(そぼく)、これその流(ともがら)なり。もって聖を訾(そし)らんと欲(おも)う。あに謬(あやま)れるにあらずや。爾が道の劣十なり。乃至 (『真宗聖典』392頁)

さらに仏教側の批判は続く。「勢競」、つまり勢力争いをしていくなかでは、道教側が重要視していた「親」というものも忘れ去られていってしまう。そういう事例は「文史」=中国の歴史書において明らかにされている。兄弟と王位争いをした斉の国の桓公や、父王を自殺させた楚の国の穆公などは、そのたぐいである。道教側は、忠孝の教えが長く中国で規範とされた慈愛の極みだと主張するが、実際には君主の都合で捨て去られてきたものである。そのような教えで、大聖仏陀の教えをそしろうとするのは、誤りにほかならないではないか。
 仏教側はこのように、忠孝を語る教えがいとも容易にそれを棄てることを指摘していく。そして全体としては、むしろ義を棄て、親を棄てると言われた仏教こそが大孝を実現するのだと述べようとするのであろう。こうして十喩篇は閉じられていく。  ところで、本報告第25回で指摘したが、この引用⑦は仏教側の悪の象徴として父王を殺した阿闍世(あじゃせ)が問題となっていた。その阿闍世の救済譚を伝える『涅槃経』では、父を殺した罪におののく阿闍世に対して、六師外道を紹介する家臣たちが皆一様に阿闍世に罪はないと慰めの言葉をかけたという。親鸞は、特に「信巻」に、その巻頭銘文として大臣の一人「悉知義」の言葉を記している(『真宗聖典』209頁)。この「ことごとく義を知る」という名の大臣は、過去にも現在にも王位を簒奪(さんだつ)して愁悩を抱いた王はいないと阿闍世に語りかける。
 道教側が阿闍世の救済を説く仏教を「義を棄てる教えだ」と批判したように、「義」とは外教の忠孝の教えが大事にするものである。けれども、その義をことごとく知るという者が、親を殺して王位を奪っても構わないと語る。言うまでもなく、『涅槃経』と『弁正論』の文脈は異なる。しかし親鸞は、ここに仏教以外の思想の持つ共通した、すべてが国王の都合で左右されてしまうような、ある種の詭弁(きべん)性を見ているとは言えないであろうか。このことは、いずれあらためて考察したいが、親鸞が『弁正論』に見た思想的問題性の射程を広く十分にとらえなければならないであろう。

※『弁正論』引用の全体については『現代と親鸞』第31号(2015年12月1日号)に論文として掲載しています。(出版物紹介のページから見ることができます)

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