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研究活動報告
「『教行信証』と善導」研究会
 本研究会では現在、親鸞の名号釈へと繫(つな)がる「行巻」の善導引文を読み進めている。この箇所は「本願加減の文」や「玄義分」の六字釈など、古くから注目されてきた文章が多い。しかしそのためか、個々の内容ばかりが注目され、引文同士の関係や配列の意味については、十分な考察がなされてこなかった。特に、『般舟讃(はんじゅさん)』引文は特徴的な内容を有しながら、「行巻」の文脈における位置付けは、必ずしも明瞭ではなかった。よってここでは、この問題に対する試論を提示してみたい。
※引用文の出典は次のように略記した。
 『定本 親鸞聖人全集』(法藏館)→『定親全』
「不覚転入真如門」
  ―「行巻」『般舟讃』引文の意義


親鸞仏教センター研究員 青柳 英司
■ 親鸞と『般舟讃』
 善導の『般舟讃』は、『観無量寿経』等の経典によって浄土の二報荘厳(にほうしょうごん)を讃嘆し、自他の往生を勧励した著作である。
 日本への伝来時期は極めて早く、正倉院文書によると661年であり、これは善導(613―681)の在世中に当たる。また、839年に請来された仏典群のなかにも、『般舟讃』の存在が確認できる。しかし、その後の流伝は数奇なものであり、10世紀には所在がまったく不明となっていたらしい。そのため善導を師と仰いだ法然も、この著作を目にすることができなかった。
 これが再び発見されるのは、法然の滅後5年が経ってからである。すぐに多くの写本が造られたようであり、関東に滞在中だった親鸞も、かなり早い段階でこれを入手している。『教行信証』にも11回に渡って引用されており、これは『般舟讃』を用いた極めて早い例である。つまり、親鸞は短期間のうちに、この著作を相当読み込んだのであろう。
■ 般舟讃』引文の意義
 そもそも「行巻」は、「諸仏称名の願」を標挙(ひょうこ)とした巻である。そのため善導の引文群も、この願のはたらきを顕(あら)わすものに他ならない。では、親鸞が『般舟讃』引文を通して表現しようとした、「諸仏称名の願」のはたらきとは、いかなるものであろうか。
 ここで注目されるのが、「覚(おし)えざるに、真如の門に転入す」という一句である。これが「化身土巻」における親鸞の思索に、影響を与えていると指摘されているのである。事実、『浄土和讃』には、

定散自力の称名は
 果遂(かすい)のちかひに帰してこそ
 をしへざれども自然(じねん)に
 真如の門に転入する 「大経意」『定親全』2・和讃篇・41頁)
という一首が見られる。
 この和讃にある「果遂のちかひ」は、第二十願のことであり、「化身土巻」に標挙された願である。また、ここに見られる「転入」という表現は、「化身土巻」の「三願転入」に通じていると指摘されている。では、どうして親鸞は「覚えざるに真如の門に転入す」という『般舟讃』の言葉を、「行巻」に引用したのだろうか。
  ここで着目したいのが、親鸞の『阿弥陀経』観である。親鸞は第二十願について「阿弥陀経之意也」(『定親全』1・268頁)と述べるのだが、この経典に説かれる「諸仏の証誠(しょうじょう) 」を、第十七願の内容としても語る例も見られるのである。例えば『御消息集』のなかには、

諸仏称名の願とまふし、諸仏咨嗟(ししゃ)とまふしさふらふなるは、十方衆生をすゝめんためときこへたり。また十方衆生の疑心をとゞめん料ときこへてさふらふ。『弥陀経』の十方諸仏の証誠のやうにてきこへたり。詮ずるところは、方便の御誓願と信じまひらせさふらふべし。 (『定親全』3・書簡篇・155頁)
という記述が見られる。
 ここでは親鸞が第十七願に、「十方衆生をすすめる」というはたらきだけでなく、「十方衆生の疑心をとどめん」というはたらきがあることを指摘している。『教行信証』において衆生の「疑心」が主題となるのは、「化身土巻」である。
 しかし、『阿弥陀経』自体に直接、衆生の疑惑を問題とした表現は見られない。では、どうして親鸞は『阿弥陀経』の内容を、このように理解するのだろうか。この背景として考えられるのが、善導の思想的影響である。例えば『法事讃』には、

凡夫疑見の執を断ぜむが為に、皆舌相を舒(の)べて三千に覆いて、共に七日名号を称することを証し、又釈迦の言説(ごんせつ)の真なることを表す。 (『定親全』9・加点篇4・66頁)
という記述が見られる。このように善導は諸仏の「説誠実言」が、単に名号を讃嘆して、衆生に勧めるだけのものではなく、「凡夫疑見の執」を課題としたものであると理解するのである。親鸞の『阿弥陀経』観も、このような善導の思索を受けて形成されたものであろう。
 以上の点を考慮するのであれば、親鸞が「行巻」に『般舟讃』を引用するのは、「十方衆生の疑心をとどめん」という「諸仏称名の願」のはたらきを、表現するためであったと言えるであろう。
 しかし、どうして親鸞は諸仏の称名に、このような二重の意味を読み取っていったのだろうか。おそらくこれは、諸仏善知識(特には源空)から教えを受けた意味と背景を、深く問うていく思索から生み出されたものであろう。例えば『高僧和讃』には、次のような一首が見られる。

曠劫(こうごう)多生のあひだにも
 出離の強縁(ごうえん)しらざりき
 本師源空いまさずば
 このたびむなしくすぎなまし (『定親全』2・和讃篇・128頁)
このように親鸞は、源空から「出離の強縁」を教えられることが無かったのであれば、今生も「むなしく」過ごしたと述べている。しかしながら教えを聞いたのであれば、そこで諸仏は不要になるのではない。親鸞が自ら『正像末和讃』において、

浄土真宗に帰すれども
真実の心はありがたし
虚仮(こけ)不実のわが身にて
清浄の心もさらになし (『定親全』2・和讃篇・208頁)
と悲歎するように、「真実」になり得ないという問題は残り続ける。これは端的に言えば、本願の名号をどこまでも私有化していこうとする、「凡夫疑見の執」である。しかし、これを超克させるべくはたらくのもまた、諸仏である。衆生が畢竟(ひっきょう)じて自力でしかないことを自覚せしめ続けるものもまた、諸仏の称名なのである。親鸞は第十七願に、このような二重の意味を見いだしたからこそ、この『般舟讃』の文を「行巻」に配置したのではないだろうか。
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