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ブックレビュー(書評)
 
2009年 5月
[特別編] 国府田 隆夫 氏(物理学者・東京大学名誉教授)

西洋哲学史―古代から中世へ』
『西洋哲学史―近代から現代へ』

  熊野 純彦 著 [岩波新書 共に820円 2006年]

 先史時代にエジプト、中近東、インド、中国などの大河地帯で古代文明が栄えた。それなのになぜ、日本列島サイズのギリシア沿海都市国家群が人類の知の始源となったのか?

ホメロスによれば、オケアノス(海)は大地をとりかこんで流れる大河であり、すべての水の源である。大海はまた神々がそこから生まれたふるさとである。タレスが「水」という一語を発し、のちに「哲学の祖」と呼ばれることになったのは、まちがいなく、ギリシア世界のそうした風景と、その風土が生み出した神話を背景としてのことである。
(『西洋哲学史―古代から中世へ』p.2)
 前後二篇からなる本書は、哲学書に珍しい詩的な文体で西洋哲学の起源を語りだす。
哲学者の語ったことばたちは、ときにすぐれた詩句のようにひとをひきつけます。
(同「まえがき」)
 本書の第一の魅力は、何よりもまず全篇を通じる詩的な文体にある。第二の魅力は、西洋哲学の伝統が紡ぎだし織り成す「存在論」という哲学的思索のダイナミクスである。随所に引用される哲学者たちの断片的テクストは、古代から現代まで時代を超えて飛び交い交錯する。
 その主題は一貫して「存在(……がある)」という概念である。最初はそれに馴染めないが、“何かがある”と“何かである”の「ある」の意味が違うことはわかる。古代ギリシア哲学者たちはこの違いに敏感だった。その思索は中世神学(スコラ哲学)の「神の存在証明」に受け継がれ、デカルトを経てカントに至る。
 “あるものが……である”という主語述語の論理的(可能的)関係と、無規定に“あるものがある”という絶対的命題とはまったく別のことだとカントは主張した。「“……がある”とは何か?」という『存在の問い』の思索は、時代を超えて繰り返し響き合い、遂には理性と言葉の限界にまで達する。
そのあとのみちすじについて歴史というかたちで語りだすことは、なおゆるされていないように思われる
(『西洋哲学史―近代から現代へ』p.258)
という言葉が余韻を残して、全30章からなる本書が終わる。
 哲学というとりつき難い分野を敬遠しがちな読者も、評者と同じように、次第に本書の魅力に引きこまれ、やがて自分の言葉で自分自身の哲学を紡ぎ出すことになるだろう。 

(国府田 隆夫)

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