親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > ブックレビュー > ブックレビュー(書評)
ブックレビュー(書評)
 
2009年 9月
[特別編] 国府田 隆夫 氏(物理学者・東京大学名誉教授)

「文芸の哲学的基礎」 (『私の個人主義ほか』所収)

  夏目 漱石 著 [中公クラシックス 1575円 2001年]

島崎藤村の小説『夜明け前』に幕末の国学者、平田篤胤(あつたね)の次の言葉が出てくる。

その究理のくはしきは、悪しきことにはあらざれども、彼の紅夷(あかえみし)ら、世に真の神あるを知らず。人の智は限りあるを限りなき万(よろ)ずの物の理を考へ究めんとするにつけては強いたる説多く、現在の小理にかかはって幽神の大義を悟らず。
 だが、幕末の前近代的思想は、古代ギリシア以来の西洋哲学とそれを基礎とする西欧近代文明には到底太刀打ちできず、人々は自前の思想を求めて懸命の苦闘を強いられた。とりわけて、維新前夜に生まれ、明治開国後に精神形成期を迎えた人たちにとっては、自己の生の基盤を築くための切羽詰まった一大事だったろう。漱石、鴎外、藤村たち文学者だけでなく、ライプニッツ、へ一ゲル、カント哲学を学んだ清沢満之が、その理解のうえで自己の宗教哲学を『宗教哲学骸骨』の一書として著したのも、この激動のただ中のことだった。
 「文芸の哲学的基礎」は、今から102年前の1907(明治40)年に、漱石が東京美術学校(現、東京芸術大学)で行った講演の記録である。そこには漱石がロンドンに留学し、命懸けの努力の末(すえ)に獲得した信条が独特の口調で活き活きと語られていて、巻を措かせない。その一例は、次のごとくである。
われわれの生命は意識の連続であります。そうしてどういうものかこの連続を切断することを欲しないのであります。他の言葉でいうと死ぬことを希望しないのであります。もう一つ他の言葉でいうとこの連続をつづけて行くことが大好きなのであります。(中略)もちろん進化論者にいわせると(中略)そんな傾向をもっておらないようなもの(中略)はみな死んでしまったので、今残って居る奴は命の欲しい欲張(よくば)りばかりになったのだと論ずることもできるからであります。(上記書、p.25)
 そこに述べられているのは、漱石自身の血肉となった自前の哲学と、それに基づく倫理・文芸観である。それは、その後の十年に満たない期間、維新の志士のような気概で取り組んだ漱石文学の基盤となった。他方、鴎外も、小説『かのように』(『森鴎外』ちくま日本文学017〔文庫版〕、筑摩書房、2008、所収)の中で、西欧合理主義と旧来の倫理・宗教観との葛藤の苦しみを克明に描いている。
 明治維新期に勝るとも劣らない危機にある現代を生きるわれわれにとって、明治の先人たちの思想の跡を辿(たど)ることは、決して無意味なことではないだろう。

(国府田 隆夫)

最近のブックレビュー一覧
[2009年12月]:『食品偽装の歴史』 ビー・ウィルソン 著
[2009年11月]:『量子力学と私』 朝永 振一郎 著
[2009年11月]:『オレンジだけが果物じゃない』 ジャネット・ウィンターソン 著
[2009年11月]:『命は誰のものか』 香川 知晶 著
[2009年10月]:『プレートテクトニクスの拒絶と受容 戦後日本の地球科学史』 泊次郎 著
Backnember ページトップへ
濁浪清風今との出会いブックレビュー
研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス