親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > ブックレビュー > ブックレビュー(書評)
ブックレビュー(書評)
 
2009年 11月
[特別編] 国府田 隆夫 氏(物理学者・東京大学名誉教授)

「滞独日記(抄)」 (『量子力学と私』所収)

  朝永 振一郎 著 [岩波文庫 903円 1997年]

 この読書紹介シリーズの最終回として朝永振一郎の文章を取り上げたい。  朝永振一郎は、自分自身の傑出した研究業績の他に、昨年秋に世界の注目を集めた南部陽一郎、小林誠、益川敏英など多くの俊英研究者を直接間接に育てた人間味豊かな科学者である。専門外でも多くの珠玉のごとき随筆で知られ、多くの読者に親しまれている。ここで紹介するのは、1937(昭和12)年4月にドイツの古都・ライプチヒに日独交換留学生として渡欧した朝永(当時31歳)が、その翌年の4月から、ドイツ軍のポーランド侵攻で戦雲急を告げる中、帰国の途についた1939年9月まで書き綴った日記である。そこには、思うように捗(はかど)らない研究の悩みや焦燥感と、緊迫する世界情勢についての思索や感想が克明に綴られている。
 ライプチヒ大学ではノーベル物理学賞を5年前に受賞した5歳年長のハイゼンベルクに就いたが、馴れぬドイツ語会話と彼我の研究理念や生活感情の微妙な相違などに思い悩む。さまざまな悩みを抱えての陰鬱な心情は、世紀末のロンドンで暮らした漱石の心中に似ていよう。実際、"漱石の「心」を読む"という箇所が日記中に何ヵ所か出てくる。多岐にわたる日々の記録を読んでいると、多彩な曲想が幾重にも屈折し反射して変奏されるクラシック音楽を聴いている気分になる。
 ひとつだけ例を挙げよう。1939年の正月、同じ研究室で親しくしていたインドの友人が雪中で死んだ。その新聞記事を見ての感想である。

日本人以外では唯一の友人ディッタが雪の中にころがって目をつぶっている有様がうかんで心があんたんとしてくる。(中略)彼を殺したのは白人だなどと思えてきて、白人にたいして怒りが沸いてくる。(「滞独日記1939年1月6日」『量子力学と私』p.163)
 その数日後、雪の中の散歩に出た後に次のように書いた。
「永遠のもの」がなぜいいのだ。それは人間が「存在すること」を価値あることと考えるからだ。(中略)しかし、人間の存在の仕方は無常である。だから、存在の面を強調するかわりに無常を強調してみてもいい。そうすれば無こそ価値と言えるだろう。(同年1月9日、同p.165)
 それから9年後、灰燼(かいじん)に帰した東京から粗悪な紙質の論文誌が米国のプリンストン高等研究所に届き、その中の一篇が物理学者たちを驚かせた。彼等が取り組んでいた研究が5年も前に、戦時下の東京で簡潔かつ明晰に解明されていたのである。この研究によって朝永はアメリカ人物理学者2名と共に1965年度のノーベル物理学賞を受賞した。
 晩年の朝永は"科学の原罪性"という思想を講演で語っている(『物理学とは何だろうか〈下〉』岩波新書所収)。この思想の原点には、上述の"哲学"が関係しているのだろうか?
 評者にとってなお解けぬ謎である。

(国府田 隆夫)

最近のブックレビュー一覧
[2010年3月]:『いのちをいただく』 内田 美智子 文
[2010年2月]:『幻想の古代史』上・下 ケネス・フィーダー 著
[2010年2月]:『「かなしみ」の哲学―日本精神史の源をさぐる』 竹内 整一 著
[2010年1月]:『信仰が人を殺すとき―過激な宗教は何を生み出してきたのか』 ビー・ウィルソン 著
[2009年12月]:『食品偽装の歴史』 ビー・ウィルソン 著
Backnember ページトップへ
濁浪清風今との出会いブックレビュー
研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス