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ブックレビュー(書評)
2014年5月
『アンパンマンの遺書』
  やなせたかし 著     岩波現代文庫 本体980円(税別)

 書店の新刊書コーナーで目にしたとき、よくある「企画モノ」だと早合点してしまった。
 本書は、昨年末に逝去した漫画家・絵本作家のやなせたかし氏が20年近く前に著した同名書を文庫版に改めたもの。「遺書」という名の自叙伝であり、同時にそのまま「アンパンマンの物語」でもある。妻との死別を経て、死の現実に迫られたなかで「アンパンマンがどういう風にしてぼくの中で育っていって世の中へ出ていったのか」を、戦前・戦中・戦後を通過した自らの生涯とともに、あたかも四コマ漫画(起承転結)を構成するかのように書きつづっていく。
 その一コマ目(起の巻)は「アンパンマン以前史」と名づけられた。この巻の最後に語られるのは、敗戦後の焦土のなかで、「何をしたらいいのかわからず、何のために生きるのかもわからない」という戸惑いである。敗戦をとおして骨身を徹して知ったことは、「正義のための戦争などない」という事実。一度は掲げられた正義も、ある日突然逆転してしまう。それゆえ、正義は信じがたい。ならば、逆転しない正義とは何か――それは「逆転しない献身と愛だ」という。これが、まだ影もかたちもないときに芽生えた「アンパンマンの原点」である。
 このヒーローが世に初めて出たとき、氏はまだ「無名」だった。自分は完全に無視されている、存在しないも同じ。みじめな思いのなか、人生に期待も抱けないまま、暗夜をさまよった。

この最初の絵本で、ぼくが描きたかったのは、顔を喰べさせて、顔がなくなってしまったアンパンマンが空を飛ぶところだ。顔がないということは、無名ということ。
(「転の巻 アンパンマン盛期」より)

 書いた本人が「これは売れないな」と思った。編集部でも評判が悪かった。最初のアンパンマンは、誰にも期待されずに出発した。ところが、一部の年齢層には認められ、広く支持された。それは生まれて間もない幼児たちだった。大人の絵本評論家たちがこぞって無視するなか、「なんの先入観もなく(中略)純真無垢の魂をもった冷酷無比の批評家」が、なぜかこの作品を愛した。――そして、現在に至る。
 初版の刊行時(1995年)、物語の四コマ目は「終りの頁は空白にしておくから、そこへ勝手に書きこんでおくれ。〇年〇月、やなせたかし死す。全財産はアンパンマンに贈る」という見事な「オチ」で締めくくられた。ところが、亡くなる年(2013年)の春、その「オチ」のさらに後に、きわめて泥臭い「あいさつ」が添えられた。

…準・寝たきり老人はなんだか忙しくて、やはり死出の旅路に出るにはいろいろ準備が大変と痛感している。
 「アンパンマンの遺書」の最終章。おしまいのごあいさつとしては全く落ち着かないアタフタとしたものになった。
 好きで入った浮草稼業だから世間並みの落ち着いたラストは無理のようである。メディアの世界の荒波と疾風の中、よろめきながら倒れていくのだ。
 しかたがない。みなさまアバヨ!
(「九十四歳のごあいさつ―「岩波現代文庫あとがき」に代えて―」より)

 氏は、安心して倒れることのできる大地を見いだした人物であった。


名和達宣(親鸞仏教センター研究員)

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