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ブックレビュー(書評)
2014年12月
『ボラード病』
  吉村萬壱 著    文藝春秋 本体1400円(税別)

 この書を読んで感じた「肌ざわり」をどう表現すればよいだろうか。「実在するものを見きわめる基準は、それが固くて、ざらざらとしているということである。そこに見出されるのは、よろこびであっても、快適さではない」(『重力と恩寵』)と言ったのは、フランスの哲学者・シモーヌ・ヴェイユであるが、この意味からすれば、それを「実在」と呼ぶことができるのかもしれない。
 作品の舞台は海塚(うみづか)という架空の都市。「恭子」と呼ばれる女性が小学五年生の頃を回想するかたちで物語は始まる。この街はかつて大災害に見舞われ、人が住めなくなったようであるが、回想される時代には一応の復興を遂げている。その地で生きることを選んだ住民たちに求められるのは、強烈な「結び合い」であり、監視にも見える「繋(つな)がり」である。描かれる情景は一見、誰もが小学生のころに体験してきた、ごく日常的なもののように映る。しかし、序盤から何か得体のしれない空気がただよい、息が詰まった。
 学校では「ふるさと」を愛する価値観が詰め込まれ、「海塚讃歌」を歌うことが強要される。そして、恭子のクラスの前面には「十の決まり」が貼り出されている。それは疑問の余地を許さない、いやがおうにも遵守(じゅんしゅ)しなければならない決まりである。

一 自主学習にはげもう。
二 あいさつをしよう。
三 給食を残さず食べよう。
四 決して弱ねをはかない。
五 教室で大声を出さない。 
六 空気を読み取ろう。
七 自分の感覚を大切にしよう。
八 結び合おう。
九 りっぱな海塚市民になろう。
十 みんなは一つ。

 このなかの七番目「自分の感覚を大切にしよう」は、やがてある事件を境に「自主性をそん重しよう」と是正される。そして十番目は、「みんなは〜」「一つ!」と唱和しなければならない合言葉である。その空気に、物語の主人公は終始、違和感を抱き続ける。
 読み進めるにつれて、胸につかえた心地悪さの原因が少しずつ見えてきた。ここに描かれているのは、単なるフィクションでなければ、震災後の被災地のみを象徴しているのでもない。人間の歴史のなかで何度も繰り返されてきた出来事であり、現に私自身が呼吸してきた空気そのものである。
 物語の終盤、ようやく違和感から解放された恭子は「私、病気が治った」と母に語りかける。しかし、母からは「海塚にドウチョウしたのね」と意外な一言が返される。題名にある「ボラード」とは、港で船を繋ぎ止める鉄の柱のことであり、物語のなかでは「これだけは何があろうと倒れない」と言われる。それでは「ボラード病」とはいったい何を、あるいは誰のことを指すのか。実のところ、読み終わった今も得体はしれず、ただ足元が不安定であることに気づかされた。
名和達宣(親鸞仏教センター研究員)

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