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ブックレビュー(書評)
2018年6月
『自生の夢』
  飛 浩隆 著
[河出書房新社、2016年]

 「この作者は怪物だ。私が神だったら、彼の本をすべて消滅させるだろう。世界の秘密を守るために。」

 これは穂村弘の言葉だが、飛浩隆を語るうえでまず一つのモチーフに注目したい。飛浩隆の描くモチーフとして、ある本来独立したようなものたちがグロテスクな複合体になって「どこかに」進んで?行くといったものがある。「象られた力」(『象られた力』所収)の発現したムザヒーブの「オベリスク」、『グラン・ヴァカンス 廃園の天使機戮痢嵜預竜紂廖福屐帖朕預竜紊吠瓩泙辰燭蕕靴った。仰向けになって空が目にはいる。身体の下でみんなの裸体が退いて開口部を作り、その中に吸い込まれていく。周りから手が伸びてくる。男たちの手がバスタンのアイデンティティ境界を引き裂き、蜘蛛の糸がネットワークケーブルのように強引に挿し込まれる。/激痛が花火のように炸裂し、バスタンの思考を粉砕した」)、あるいは「射線」(『BLAME! THE ANTHOLOGY』所収)の「環境調和機連合知性体」が生み出す「巨人」など。『自生の夢』ではそれに収められた短編、「海の指」、「自生の夢」にそのモチーフがいかんなく発現している。
 このある種のグロテスクな複合体であるが、それは飛浩隆その人の文体がまさにそうだといいたい。飛浩隆の描く物語世界の一つの要素要素、各フレーズが独立した一つの人格だといえるほどに独特な〈個〉を形成しているのであるが、それらが不穏な隊列を組んで(軋(きし)みをあげながら)行進しているような物語。そして、最後に用意された行進の〈終着点〉は確かにあるのだが、一団となった要素要素や言葉言葉がそこに収斂(しゅうれん)されているとはとても思えない――あるものは確かにその軌道どおりに吸収されていくのであろうが、うっかりその〈終着点〉を跨(また)いでしまい、一つの物語終焉後も奇怪な影として我々に突き刺さってくるものが数多あるのが飛浩隆の世界だ。

 もう一つだけ物語的特徴をあげてみたい。ある物語の方向性として、現実に在るもの――あるいは現実に通用する概念――を記述する、物語ることで我々が見ている世界のさらなる奥の扉を開けてしまうものがある。今まで見てきた、今見ているこの世界、何かの存在は我々が見ている以上に豊かな、時に冷酷な物語をそこに孕んでいる。しかし、往々にして我々はそれが見えないが、そこに在るものが(我々が知らないだけで)もともと有する動力とそれをえぐり出す確かな目との美しき共犯関係を有するものがある(まったく余談であるが、最近では山田尚子が監督した『リズと青い鳥』がまさにそれである)。こういう物語に出会えることは僥倖(ぎょうこう)であると思う。
 しかし、おそらくこうした方向性とはまたちがうのが飛浩隆であろう。それは、創りあげたもう一つの世界をもって我々に浸食せんとするものである。飛浩隆の物語は、日常的な言語空間に現われた物語ではなく、一読して今一歩どうとも理解できない違和感が去来するのは確実であろう。しかし、どうしても読み進めずにはおれない文体の魅力に抗(あらが)いきれず飛浩隆の侵入を許してしまう――まさに言語空間のハッカー。
 この抗いがたさ。「クローゼットClose it.」(飛浩隆『ラギッド・ガール 廃園の天使供拿蠎)のこんな一節を借りてみたい。

……それが多重現実に干渉され、見せられるヴィジョンとわかってはいても、ガウリはその魅力に抗しきれない。/もっと表現してほしい。/わたしが何者であるかを、形にしてほしい。/安奈が手でガウリの髪を梳くと、そこに光沢のある濃い緑の蔦が繁った。全身の芽が充血した。

 ここの文脈はあえて説明しないが、「世界の秘密」をあばくよりも世界(やその秘密)を上書きしてしまうかのような筆致の確かさに抗いがたい。

 飛浩隆が描く言語空間の紹介に終始して『自生の夢』の各論に言及できなかったが、以上の要素の傑作がこの短編集だと言ってもよいであろう。――そして、なんといってもアリス・ウォンがかわいい。

※『自生の夢』の各論、具体的な内容紹介については牧眞司「現実と情報を可逆化する海、人知を越えて流動する書字空間」(【今週はこれを読め!SF編】)という優れた書評がある。これを参照されたい。
 ただし、牧氏は「〈忌字禍(イマジカ)〉と呼ばれる悪意ある言語構造体」としているが、これは誤読であろう。この〈忌字禍〉の正体として語られる中、「憎悪ではなく、/愛でなく、生でも死でもなく、/〈ぼく〉にも〈わたし〉にも、生きている誰にもこの石は読めない。」とあるから「悪意ある」と読むことはできない。飛浩隆本人の「自生の夢」解説中に、「「野生の夢」(水見稜)に登場する異質な知性体〈マインド・イーター〉へのオマージュ」とあるが、憎悪と読めるか否かが〈マインド・イーター〉と〈忌字禍〉との相違でもあろう。

中村 玲太(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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