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ブックレビュー(書評)
2019年9月
『師・安田理深論』
  本多 弘之 著
[大法輪閣、2019年]

 師を語ることは難しい。ことによると、その師を仰いでその恩恵に与(あずか)っている自分自身に自惚(うぬぼ)れる危険さえあり得る。であるならば、師からの教えを厳しく再検討し、その教えを受けた自分自身を徹底して見つめなおす作業をも求められるだろう。

 安田理深(1900年〜1982年)は、自身の語ることがすべて師の曽我量深(1875年〜1971年)から承けたものであり、自身の語ることで曽我でないことはひとつもない――だから自分のことを語るしかないと述べていたという(本書39頁。以下頁数は本書のもの)。それ故、本書の著者である本多弘之氏も「そういう意味で私が安田先生を対象化して語ることなど許されないのですが、一応、私が頂いた先生という方の一面を、縁あって皆様方に語ることも無意味ではなかろうと思い」(39〜40頁)、本書をものしたという。その意味で、本書の題に冠された「師」の一字にはたいへんな重みがある。その師の思索を論じていこうとすることは、ひとえに自身が師から承けた教えを如何に表現するかという試みに他ならないからである。

 本書は、歴史上に生きてきた教えが経典を通して伝わり、更には「ちょうど音叉が音叉に響くように」(165頁)、曽我を通して、安田を通して、現在に甦ってくる――曽我が「感応道交」と押さえた――在り方を、その教学に直に接した弟子の手によって鮮やかに描出したものといえる。そもそも、安田理深の行実そのものを知るためにまず手に取るべき書がこれまで刊行されてこなかったという現状もあり、本書は安田理深の直弟子の眼を通して描出された評伝としても大きな価値を有するものである。
***

 安田理深は、兵庫県美方郡八田村(現・新温泉町)に庄屋の後継者として生まれた。幼くして家に不幸が続いたため、鳥取県の市街に移り住んでいる。キリスト教系の幼稚園に通っていた頃から既に宗教に深い関心を寄せていたといわれ、終生にわたって新教出版社の『福音と世界』誌を購読し続けていたという。そうしたキリスト教への関心とともに、十代の半ばからは地元の曹洞宗寺院に参禅し、日置黙仙禅師(1847年〜1920年、曹洞宗第九代管長・永平寺六十六世貫主)より受戒して「慈徳良圓」の戒名を受けている。だが、1919[大正八]年に刊行された金子大榮『仏教概論』(岩波書店)に触発され、安田は24歳(1924[大正十三]年)のときに大谷大学専科に入学する。1935[昭和十]年、私塾「学仏道場・相応学舎」を始め、以後逝去まで『唯識三十頌』『浄土論』『摂論』『教行信証』等を講義することとなる。それまで在家であった安田が東本願寺で得度し「釈理深」の法名を受けたのは、43歳(1943[昭和十八]年)のことであった。翌1944[昭和十九]年に大谷大学予科専門部教授に任ぜられるも、1946[昭和二十一]年に依願退職している。その後、大谷大学へ週に一度の講義を担当することはあったものの、一貫して在野での学究生活であった。

 その安田は、「とにかく不機嫌な顔をしているし、会えば難しいことを言う」と思われることも多かった(34〜35頁)と評され、安田と同じように頑固な数少ない学生がようやく機縁を得ることが出来たという。こうした姿は、安田の著作の上からはなかなか窺い知れないものであろう。だが、単に難しい人物であったならば、安田が講じ続けた相応学舎という場が継続されていくことはなかったろう。そこで伝えられた師とその教えについて次のように述懐されているのは、「師」を果敢に語ろうという本書を象徴している。

安田理深先生が曽我量深先生のことについて、一つは、曽我先生は非常に自由な方だったと言っておられました。曽我先生は決して人を縛るということをしなかった。安田先生は、曽我先生を師と仰いで、教学の営みを一生続けられましたが、曽我先生は別に、人を縛るような表現とか発想は決してされなかった。曽我先生の周りには自由な雰囲気が溢れていたと言っていました。
そのことは、実は安田先生自身にも私は感じていたことで、人間と人間の付き合いを求道心と求道心の呼応として貫こうという姿勢を崩そうとされなかった。ある意味でそれは非常に厳しいわけで、先生を利用しようと思って寄って来た人に対しては、厳しい姿勢で叱りつけて、その根性の間違っているのを徹底的に批判された。けれども菩提心に立って生きようとしている方の頼みという場合には、情熱を懸けて応えようとされた。 (125頁)

その安田は、殊に唯識思想を終生の課題とし、専ら天親菩薩(世親菩薩)の『浄土論』『唯識三十頌』『十地経論』などを好んで読みつづけていた。ただ、止観の行によって唯識観を成就せんとする法相の学と、「しかるに常没の凡愚、定心修し難し、息慮凝心の故に」(『教行信証』化身土巻・本)として自力を棄てて他力に帰した親鸞の思想とは、矛盾しないのか――。これについて、本書に収録された「内観の大慈悲心」では次のように論じられる。

唯識思想を自己の一生の課題とされたということは、先生〔安田のこと:引用者注〕にとって、実存の自覚的認識の方法論として、仏道の因果を貫くものとして、唯識の意識分析が必要だったのではないか。自力とか他力とかいう弁別を越えて、仏道の方法である内観の必然として、自己自身の存在論的分析は先生にとって不可欠であって、それによって大乗仏道の自証の本来性に立ちえたのではないか。「救済と自証」という主題を探求された曽我先生の仕事を承けて、先生は自証以外に人間の真の救済はない、仏教が人類に与えた恵みは、内観的自証という方法であると言われるからである。 (197〜198頁)

唯識思想と親鸞教学を通して提示された曽我の枠組を承けた安田の思想は、本書では更に次のように分析される――即ち、大乗仏教においては、迷没の人生が「空」において根元的に否定されることで、かえって人生が真に充実され完全に解放されると考えられている。こうした人生価値を根元的に否定する「空」は「真空妙有」ともいわれるものであり、迷いの人生を完全に否定することで甦らせるものであるという。そしてこうした「空」「真空妙有」において、「自力分別は死ぬしかない」(205頁)、というのである。

真の自然法爾は、願力自身が自己を表現しえたときにのみ、人間の上に実現しうるのである。それは超越者を外に立てるのではない。真の超越は自己の根元である。根元が自己を回復しうるのは、煩悩生活のいわば足下に、大涅槃の意味が開けてくるのでなければならない。仏教の論理は、「双非双亦的論理」であると安田先生はいわれた。 (205頁)

罪業深重の凡愚を、真にこの人生の苦悩から解放するものとは、果たして何であるのか――「空」とは何かを問い、「本願」とは何かを問い続ける安田においては、自らの愚かしさを見つめ続ける以外にその根本を見抜く方法はなく、そうして苦しみ迷っているところにこそ自らが生きている「本来性」が見出される、ということだったのではないか。本書を通じて見えてくる安田の問いは、その「本来性」の智慧を与えんとする本願の教示に接し得る道を求めるものだったように思われる。

本書は、高度である故に難渋ともされてきた安田の教学と思想を噛み砕いて我々に示す稀有の書である。序文で「残された師の語録(安田理深選集・講義集など)を尋ねる縁になって欲しいという思いで出すことにした」(2頁)といわれる通り、現代のわれわれが安田理深という存在をどのように捉え、その思想をどのように承けていけるか、そうした問いそのものが本書を読む者に投げかけられていると感ぜられる。

飯島 孝良(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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