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ブックレビュー(書評)
2020年12月
『推し、燃ゆ』
  宇佐美 りん 著

[河出書房新社、2020]

 「その目を見るとき、あたしは、何かを睨みつけることを思い出す。自分自身の奥底から正とも負ともつかない莫大なエネルギーが噴き上がるのを感じ、生きるということを思い出す」(宇佐美りん『推し、燃ゆ』より)

 書評ごとにニュアンスが難しいと書かれる「推し」。宇佐美りん自身は、「まず、「推す」というのは、芸能的な活動をする人をファンが応援すること。そして「推し」は、ファンが応援している人を指し示すときによく使う言葉です」と答えている(好書好日「宇佐美りんさん「推し、燃ゆ」インタビュー アイドル推しのリアル、文学で伝えたかった」より)。
 少し補足すると、「○○推し」という場合は、○○に入るのが応援する対象ということになる。この時の「推し」のニュアンスについて、進藤尚典『推しの三原則』(ゲンロンSF文庫、2020)にはこのようにある。「【推し】というその言葉。「ファン」という言葉よりも時には強く、時には弱いニュアンスのその言葉。/推しの濃度は人によって違う。人よって好きに濃度を決めていい。小さじ一杯の好きでも、大さじ一億杯の好きでも推しだ」と。いま「推し」の一般的な定義を網羅的に示す余裕も力量もないが、この「「ファン」という言葉よりも時には強く、時には弱い」というニュアンスが個人的にはしっくりくる。

 さて、『推し、燃ゆ』主人公・あかりの「推し」がファンを殴ったとされ、ネットで炎上。「推し」と自分との距離に現れるいままでの人生、炎上後に変化する体調や生活、生の重さがリアルに描かれている。

 しかし、これは決して「悲劇」を描いたものではない。確かに悲しい。何に対してかわからぬ底知れぬ悲しさは拭いようがない。ただ、推すことは悲劇ではない。あかりは推しのことを、「中心っていうか、背骨かな」と言う。生きていくことは重い。身も心も地にへばりつきそうだ。それでも何とか形を保っていられるのは背骨のおかげだろうか。

 そしてこれは、終盤のあかりの言葉である。

 「推しを取り込むことは自分を呼び覚ますことだ。諦めて手放した何か、普段は生活のためにやりすごしている何か、押しつぶした何かを、推しが引きずり出す。だからこそ、推しを解釈して、推しをわかろうとした。その存在をたしかに感じることで、あたしはあたし自身の存在を感じようとした」(『推し、燃ゆ』より)

 「推し」を通すことで、どこかに置き忘れた自己が呼び覚まされるのだと。自分一人では、生きていくことの重さだけでも苦しくて、わざわざ自分と対話するのは難しいことだ。自己と一線を画した「推し」を生活に取り込むというのは、厄介な重みを帯びた生に埋没しない領域を確保するということでもあろう。あかりにとっての「推し」は、自己を忘れるための逃避場とは違う。あかりは、「あたし自身の厄介な命の重さをまるごとぶつけるようにして、叫ぶ」。

 あかりは、「中心ではなく全体が、あたしの生きてきた結果だと思った。骨も肉も、すべてがあたしだった」とも言っている。我々は、全体を全体から見る視点はもちえない。このあかりの言葉は、中心があることによってそこからはじめて全体を見回した、という視点の回転を表しているとも考えられる。自己全体と向き合うための中心性の獲得とは何か、本書を通じて問われている気がする。

 「推し」がいる人もそうではない人も、描かれる生きづらさや、自己の中心と全体など、宇佐美りんの重くも細やかな筆致にきっと魅せられる一冊。「推し」がいる人には、最上級の「あるある」もお楽しみに。

中村 玲太(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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