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ブックレビュー(書評)
2021年9月
『アルコホーリクス・アノニマスの歴史
                   ――酒を手ばなした人びとをむすぶ』
著 アーネスト・カーツ
訳 葛西賢太 岡崎直人 菅仁美

[明石書店 2020]

 「アルコホーリクス・アノニマス」(以下AA)とは「無名のアルコール依存症者」を意味する、断酒に取り組む自助グループの名称である。禁酒ではなく、今日一日を断酒して生きるための共同体がAAだ。
 本書はAAの道のりを伝記的に叙述する前半部「歴史」篇と、その歴史をアメリカ史や宗教思想史などの文脈上に位置づける後半部「解釈」篇の二部で構成される。原著題はNot God: A History of Alcoholics Anonymous(1979年)。翻訳では「神ならざる者たち(Not God)」に付された副題を前に出したかたちだ。
 訳者の葛西賢太氏が「解説」に記すように、依存症を切り口として、組織の運営や力学、近現代の時代思潮や宗教思想など、本書は多様な問題にリンクする。読者におのずと多面的思考を促す大著である。

 はじまりは1930年代のアメリカ。数人のアルコール依存症者の出会いからAAの思想は実を結んだ。その肝要は、飲酒による破滅から脱するために「他者」を求める点にある。 この「他者」には2種の含意があり、第1には同症状に苦しむ者、第2には「神」である。
 依存症者に別の依存症者が必要なのはなぜか。著者は依存症者が「神ではないから」だと述べる。そして、次のように続ける。

  まさに彼らの弱さが他者を必要とする。彼らがアルコール依存症者だからこそ、まさに他者を
  必要とするのだ。(本書、79頁)

 たとえ断酒を継続しているとしても、自分の名前につきまとう経歴を脱ぎ、無名の依存症者として正直に語り、体験を分かち合う。AAの成長は、この実体験の連鎖と蓄積が様々な試練を経る過程である。感染症の蔓延が懸念される現状下では困難だが、対面の尊さを憶いつつ読んだ。
 さて、後半部で詳しく考察されるように、この共同体はキリスト教のみならず、C・G・ユングやウィリアム・ジェイムズの思索に深く影響されている。AAがいう「神」とは、キリスト教のそれとは距離を取り、自身は神ではないという「回心(conversion)」の根拠としての「自分を超えた大きな力(a Power greater than ourselves)」であり、依存症者各々が「自分なりに理解した神(God as we understood Him)」という概念である。ゆえに仏教徒にもAAの活動は開かれており、実際にその言説を引き受ける者も生まれている。さらにいえば、自身の有限性を受認するというAAの思想は、1960年代にアメリカが仏教を発見する潜在的要因にもなっていると著者は指摘する。

 ところで、「酒はこれ、忘憂の名あり」(覚如『口伝鈔』)という言葉が真宗者には知られている。飲酒には悲歎を紛らわせ、慰めを与える場合があるかもしれない。しかし、そもそも仏教に不飲酒戒があるように、苦を生じる原因でもある。
 AAの思想では、自身の弱さゆえに不飲酒が志向される。再飲酒は起こり得るが、その体験をも分かち合い、あくまでも断酒を心がけるのだ。本書を読みながら、事毎に『歎異抄』の言葉を想起した。
 『歎異抄』の著者が記すには、親鸞は「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」と語っていたという。本書の原題にならっていえば、「如来ならざる者」たる凡夫が善し悪しを徹底して知り得ぬゆえの述懐である。しかし続けて、凡夫が生きる無常の世界にあって「ただ念仏のみぞまことにておわします」という了解を親鸞は語っている。つまり、単に善悪を相対化して、「凡夫に善悪はわからない」などと開き直ってみせたのではない。如来に支えられつつ、「如来ならざる者」として親鸞なりに「ただ念仏のみぞまこと」という自覚を獲得している。その自覚に始まる試行錯誤の過程が、親鸞の思想を育んだにちがいない。

 しかし、どうだろう。親鸞に続く真宗者は飲酒という事例ひとつを採ってみても、AAほどの実体験と思索を積み重ねてきただろうか。念仏の信仰から始まる次の一歩とは何か。善悪を存知しないなどとうそぶくのでなく、真摯に現実の諸問題に向き合う必要があるのではないか。
 真宗者に限らない。飲酒という事例を突きつめるなかで、「神ならざる者」である私たちに数多の問いを投げかけるのが本書だ。どこまでも不完全で、弱く、愚かな者にとって真の成長とは何か――私たち現代人が、AAという先達の歩みにふれて啓発されることはきっと多いはずだ。

東 真行(親鸞仏教センター研究員)

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