親鸞仏教センター
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「現代を生きる人々」と対話するために
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バックナンバー
  著者名 書名
青木栄一 鉄道忌避伝説の謎 汽車が来た町、来なかった町
赤瀬川源平 日本男児
秋山聰 聖遺物崇敬の心性史 西洋中世の聖性と造形
朝永振一郎 滞独日記(抄) 「量子力学と私」
阿部彩 子どもの貧困 ―日本の不公平を考える
雨宮処凛 <共著> 「生きづらさ」について
―貧困、アイデンティティ、ナショナリズム―
アルマン・マリー・ルロワ ヒトの変異 ―人体の遺伝的多様性について

           
編集/哲楽編集部
語り/入不二基義、森岡正博
現代哲学ラボ 第1号―入不二基義のあるようにありなるようになるとは?
五十嵐太郎 「結婚式教会」の誕生
池谷裕二 進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線
池澤夏樹 虹の彼方に ―池澤夏樹の同時代コラム
井沢元彦 世界の[宗教と戦争]講座
石井研士 テレビと宗教
石和鷹 地獄は一定すみかぞかし 小説暁烏敏
伊丹万作 伊丹万作エッセイ集
伊東乾 さよなら、サイレント・ネイビー〜地下鉄に乗った同級生
伊藤益 親鸞
井上章一 狂気と王権
岩間剛一 「ガソリン」本当の値段
岩本裕 朽ちていった命―被曝治療83日間の記録―
いとうせいこう想像ラジオ
今村純子 シモーヌ・ヴェイユの詩学
石丸梧平 大澤絢子監修・解説『親鸞文学全集〈大正編〉』

ウーヴェ・ティム カレーソーセージをめぐるレーナの物語
上田閑照 西田幾多郎−人間の生涯ということ
上田紀行 がんばれ仏教!お寺ルネサンスの時代
生きる意味
内田樹 街場の現代思想
内田美智子 いのちをいただく
内山節 貨幣の思想史 ―お金について考えた人びと

エツァート・エルンスト
<共著>
代替医療のトリック
エドワード・W・サイード<共著> サイード自身が語るサイード
エリ・ヴィーゼル
遠藤秀紀 人体 失敗の進化史

老川慶喜<共著> ミッション・スクールと戦争 ―立教学院のディレンマ
大井玄 「痴呆老人」は何を見ているか
環境世界と自己の系譜
大久保喬樹 洋行の時代 岩倉使節団から横光利一まで
大平健 やさしさの精神病理
大山典宏 生活保護VSワーキングプア ―若者に広がる貧困―
小沢牧子 「心の専門家」はいらない

カール・スネソン ヴァーグナーとインドの精神世界
香川知晶 命は誰のものか
片井修 <共著> セレンディピティの探求
加藤陽子 それでも、日本人は「戦争」を選んだ
亀山郁夫<共著> 罪と罰1・2・3
萱野稔人 <共著> 「生きづらさ」について
―貧困、アイデンティティ、ナショナリズム―
香山リカ 「悩み」の正体
川崎洋 教科書の詩をよみかえす
川井博義 人間存在と愛―やまとことばの倫理学―

木村敏 関係としての自己
京極夏彦 鬼談

熊野純彦 西洋哲学史 ―古代から中世へ
倉田百三 出家とその弟子
栗谷川福子 イスラエル ありのままの姿

ケネス・フィーダー 幻想の古代史
ケネス・B・パイル 『欧化と国粋 ——— 明治新世代と日本のかたち』

洪自誠 菜根譚
興膳 宏 仏教漢語50話
河野哲也 暴走する脳科学
―哲学・倫理学からの批判的検討
こうの史代 夕凪の街 桜の国
小林賴子 フェルメール 謎めいた生涯と全作品
小森陽一 天皇の玉音放送
業田良家 男の操
Colin WILSON(コリン・ウィルソン) 『The Outsiders』(アウトサイダー)

斎藤環 思春期ポストモダン 成熟はいかにして可能か
サイモン・シン <共著> 代替医療のトリック
サイラス・M・コープランド編 友よ 弔辞という詩
櫻井義秀 「カルト」を問い直す ―信教の自由というリスク
澤泉重一 <共著> セレンディピティの探求
産経新聞大阪社会部 「死」の教科書〜なぜ人を殺してはいけないか〜

重松清 せんせい
清水博 コペルニクスの鏡
近代文明からの転回
下川裕治 日本を降りる若者たち
ジャネット・ウィンターソン オレンジだけが果物じゃない
ジョン・エリス 機関銃の社会史
ジョン・クラカワー 信仰が人を殺すとき
―過激な宗教は何を生み出してきたのか

杉浦康平 多主語的なアジア
スティーヴン・J・グールド 人間の測りまちがい ―差別の科学史―


清家雪子 月に吠えらんねえ 第三巻

高城俊郎 人生を豊かにする『歎異抄』
〜現代人の心をいやす親鸞の教え〜
高村薫 作家的時評集2000-2007
竹内整一 「かなしみ」の哲学 ―日本精神史の源をさぐる
武田邦彦 偽善エコロジー 〜「環境生活」が地球を破壊する
太宰治 駆け込み訴え「富嶽百景 走れメロス 他八篇」
W・J・オング 声の文化と文字の文化
タリク・アリ <共著> サイード自身が語るサイード

土屋賢二 ツチヤ教授の哲学講義

ティル・バスティアン アウシュヴィッツと〈アウシュヴィッツの嘘〉
寺坂有美 <共著> 『女性自身』が伝えたアメリカの戦争
―ベトナムからイラクまで―

ドストエフスキー<共著> 罪と罰1・2・3
トッド・E・ファインバーグ 自我が揺らぐとき―脳はいかにして自己を創りだすのか
泊次郎 プレートテクトニクスの拒絶と受容 
戦後日本の地球科学史
飛 浩隆 『自生の夢』

中島誠之助 ニセモノはなぜ、人を騙すのか?
中島岳志 秋葉原事件―加藤智大の軌跡
ヒンドゥー・ナショナリズム
長山靖生 人はなぜ歴史を偽造するのか
梨木香歩 西の魔女が死んだ
夏目漱石 文芸の哲学的基礎 
「私の個人主義ほか」
難波教行 たとえば、人は空を飛びたいと思う
―難病ジストニア、奇跡の克服―

長谷川三千子 バベルの謎 ―ヤハウィストの冒険
畑村洋太郎 失敗学のすすめ
羽矢辰夫 スッタニパータ さわやかに、生きる、死ぬ
長谷正當 本願とは何か―親鸞の捉えた仏教
早坂 類 睡蓮

ビー・ウィルソン 食品偽装の歴史
平川克美 小商いのすすめ
平川秀幸 科学は誰ものものか 社会の側から問い直す
広井良典 死生観を問いなおす
平川克美 俺に似た人

福岡賢正 隠された風景 ―死の現場を歩く−
福岡伸一 生物と無生物のあいだ
藤川幸之助 満月の夜、母を施設に置いて
藤川大祐 ケータイ世界の子どもたち
プラトン ソクラテスの弁明

ヘルマン・ヘッセ デミアン

星野源 そして生活はつづく
星川啓慈 宗教のえらび方 ―後悔しないために―
星野道夫 旅をする木
堀川惠子 教誨師

前坂俊之 太平洋戦争と新聞
前田一男 <共著> ミッション・スクールと戦争 ―立教学院のディレンマ
松岡正剛 17歳のための世界と日本の見方
セイゴオ先生の人間文化講義
松沢哲郎 人間とは何か チンパンジー研究から見えてきたこと
松田優 <共著> 『女性自身』が伝えたアメリカの戦争
―ベトナムからイラクまで―
丸田一 ウェブが創る新しい郷土地域情報化のすすめ

水野直樹 創氏改名 ―日本の朝鮮支配の中で
南直哉 恐山 ―死者のいる場所―
宮内勝典 善悪の彼岸へ
宮坂静生 語りかける季語 ゆるやかな日本
宮部みゆき 名もなき毒
三宅隆太 スクリプトドクターの脚本教室・初級編

村上護編 種田山頭火
向谷地生良 安心して絶望できる人生
村井吉敬 エビと日本人2―暮らしのなかのグローバル化

森博嗣 すべてがEになる I Say Essay Everyday
茂木健一郎 生きて死ぬ私
本川 達雄 ゾウの時間 ネズミの時間 −サイズの生物学
森真一 ほんとうはこわい「やさしさ社会」

八代嘉美 iPS細胞 〜世紀の発見が医療を変える
やなせたかし アンパンマンの遺書
山本聡美 九相図をよむ―朽ちてゆく死体の美術史――

湯浅治久 戦国仏教 ―中世社会と日蓮宗
ユベール・リーヴズ 世界でいちばん美しい物語
ユクスキュル/クリサート 生物から見た世界

好井裕明 差別原論〈わたし〉のなかの権力とつきあう
米倉迪夫 源頼朝像 沈黙の肖像画
米原万里 不実な美女か貞淑な醜女か
吉村萬壱 ボラード病

ロバート・ジェラテリー ヒトラーを支持したドイツ国民

若桑みどり 戦争がつくる女性像 
第二次世界大戦下の日本女性動員の視覚的プロパガンダ
鷲田清一 「待つ」ということ
渡辺将人 見えないアメリカ 〜保守とリベラルのあいだ
若松英輔 池田晶子―不滅の哲学

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