親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

YouTubeが配信する信仰の現在地

北海道大学大学院 教授

岡本 亮輔

(OKAMOTO Ryosuke)

 どの宗教でも、一般の人々が宗教者と交わる機会はそれほど多くない。多くの日本人にとって、宗教者は、冠婚葬祭のような非日常に登場する不思議な存在だ。僧侶・神職・牧師・神父と日常的に話せるような関係を築いている人は少数派だろう。進学・就職・恋愛・結婚・子育て・介護などをめぐる悩みや問題が生じた時、まずは寺院や教会を訪れる人はそれほどいないはずである。

 

 そうした中、宗教者との接点を広げるプラットフォームとしてYouTubeは興味深い。仏教では、昨今、宗派や寺院が公式チャンネルを持っていることは珍しくないが、特に興味深いのが宗教者個人によるチャンネルや出演だ。宗派や寺院のような公式の立場だと、どうしても穏当な内容になりがちだが、宗教者個人の場合、もう一歩踏み込んだ内容を発信できるのだろう。

 

 仮に、僧侶による発信を仏教系YouTubeと呼ぶとしよう。言うまでもなく膨大な数がある。法話、教義や歴史の解説、瞑想法の指南などがオーソドックスだ。聞き流すだけで運気が上がるマントラのようなスピードラーニング系もある。また、お経のテクノ風アレンジ、メタル風アレンジも人気が高い。赤坂陽月氏(@yogetsuakasaka)「般若心経ビートボックスRemix」は656万回再生されている(2024年2月8日時点、以下同)。とはいえ、やはり人生相談の需要が高いだろう。日常的にはなかなか接点のない僧侶に直接質問できるのはYouTubeならではだ。

 

 相談系でもっとも回っているチャンネルの一つが、「大愚和尚の一問一答(@osho_taigu)」である。63万人以上の登録者がいる。構成は至ってシンプルで、視聴者から寄せられた悩みに対して、和尚が仏教用語を交えながら返信する。大愚和尚は愛知県にある福厳寺の住職で、一度は生家でもある寺を飛び出してビジネスに身を投じたが、その後改めて仏道に戻ったというユニークな経歴の持ち主だ。和尚の語り口は柔らかく、わかりやすいロジックではっきりと指針を示す。

 

 例えば「自殺は悪いことなのか?」という相談がある。相談者は母親と愛猫を立て続けに失い、自殺すれば、あの世で母や猫に会えるのかと尋ねる。大変に難しい相談だが、宗教者こそが答えるべき問いかもしれない。和尚は「死んだらどうなるのかはわからない」と言い切る。ただ、仏教が「不殺生戒」を第一に掲げるのは、それが極めて「残念」だからであり、自殺は残念としか言いようがないと述べる。

 

 「子育てが思い通りにいかない」という悩みには、「忍辱(にんにく)」を説く。和尚によれば、忍辱は単なる我慢を意味しない。子育てを忍辱の修行と捉え返すことで、自分が成長する機会になる。そしてイラっとしたら合掌する。手を開いてくっつければ拳にならない。実にうまい回答である。

 

 「自分には友達がいない」「コミュニケーション能力がない」という相談には、そもそも僧侶の集まりであるサンガは、世間一般とうまくいかないはみ出し者のコミュニティであったと語る。そして、無理に友達になろうとして、自分の内側に緊張を生まないようにとアドバイスする。この動画は260万回以上再生されている。

 

 こうした仏教系YouTubeの展開は、今後の日本の宗教状況を考える上でも重要だ。筆者は、日本宗教の特徴を「信仰のない宗教」として捉えている。何か否定的に響くかもしれないが、そうではない。仮に、この言葉に否定的なニュアンスを感じ取ったとしたら、それは、宗教を理解する際にあまりに信仰を重視してしまっているということだ。

 

 ここで言う信仰とは、教団が公認する教義の体系に基づく信仰を指す。キリスト教のプロテスタントをイメージしていただくとわかりやすい。何よりも聖書という文章に紐づいた言語化された信念体系を中心とし、儀礼や巡礼のような実践、あるいは単に教会に所属していることには、それほど価値を見いださない。個々人が聖書の教えを内面化することが大切なのだ。

 

 他方、日本の伝統宗教の文脈では、上のような信仰の内面化がないまま、宗教と関わるのが一般的であった。自分の家の宗派についてほとんど知識がなくとも、檀家として特定の寺院に所属し、不幸があれば葬儀を実践することに違和感を抱かない。2018年の真宗教団連合の調査では、門徒と呼ばれる信者のうち、悪人正機という言葉の意味を正しく理解していたのは約19%で、約40%はそもそもこの言葉を知らなかったという。信仰と実践が分離しているのだ。

 

 2000年代以降、パワースポットという和製英語が定着し、事実上の聖地巡礼が活性化しているのも、やはり信仰が重要視されないからだろう。アニミズムという土台があるとはいえ、神社仏閣も巨木も滝も鍾乳洞もパワーがもらえる聖地として一括される。そして、パワーの源泉や詳細については特に語られないのである(詳しくは拙著『宗教と日本人──葬式仏教からスピリチュアル文化まで』[中央公論新社、2021]をご高覧頂きたい)。

 

 俯瞰すると、人生相談系の仏教系YouTubeは、日本の信仰のない宗教状況に対して、信仰が持つ意味を改めて確認する場になっているように思われる。法事の際の法話では届かなかった信仰をめぐる話が、YouTubeでは、それを必要とする相談者に届けられる。信仰の需要と供給が一致しやすいところに、宗教者がYouTubeで発信するメリットがあると言える。

 

 とはいえ、YouTubeには、一般的に問題ありとされる教団による発信も無数にある。そうした動画が数十万回再生されている現実もある。当然ながら玉石混交であり、そうした中で一般の人々の需要をしっかりとつかみ取ることが、伝統宗教を担う宗教者にこれまで以上に求められるように思われる。

(おかもと・りょうすけ 北海道大学大学院教授)

著書に『聖地と祈りの宗教社会学 巡礼ツーリズムが生み出す共同性』(春風社、2012、日本宗教学会賞受賞)、『聖地巡礼 世界遺産からアニメの舞台まで』(中央公論新社、2015)など。新著に『創造論者vs. 無神論者 宗教と科学の百年戦争』(講談社、2023)。

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